彼女は二秒ほど躊躇した後、ついに勇気を出して残りの言葉を口にした。「佐藤先生をお食事にご招待したいのですが」
江口侑樹は黒い瞳を細めた。「理由は?」
彼の声には起伏がなく、園田円香は彼が怒っているのかどうか判断できなかったが、一度切り出した以上、簡単には引き下がれなかった。
彼女は言葉を整理してから口を開いた。「前にもお話ししましたが、佐藤先生がいなければ、真澄は名医の治療を受けることができなかったんです。以前から感謝の意味でお食事に誘おうと思っていたんですが...いろいろあって遅くなってしまって。だから、その分を取り戻したいんです」
少し間を置いて、彼女は付け加えた。「このことは、あなたにお伝えしておくべきだと思いまして」
昨日、二人の結婚が公になったばかりだし、今や彼女は江川夫人という立場にある。江川家と江川グループの面目を潰すようなことはしないと、江口侑樹との約束もしている。
友人との食事は本来彼女の自由だが、佐藤先生は以前噂の相手だった人物。誤解を避けるため、江口侑樹に一言言っておくのが良いだろう。
このことは、彼に言っておくべき...
江口侑樹の瞳の奥の暗い光がその言葉で徐々に消えていった。彼の唇の端が微かに上がった。園田円香という女は、ようやく江川夫人としての自覚が出てきたようだ。
しかし、佐藤先生との食事か...
江口侑樹の脳裏に、これまで会った所謂佐藤先生の姿が浮かび、彼の眉間が再び軽く寄った。
男は男のことが一番分かるものだ。あの佐藤先生が園田円香を見る目は、決して純粋なものではないことが見て取れた。
江口侑樹が長い間黙り込み、その整った顔にも表情が見られないのを見て、園田円香は思わず下唇を噛んだ。
もし江口侑樹が佐藤先生との食事を認めてくれないなら、別の方法で感謝の意を示さなければならないのだろうか?
しかし次の瞬間、園田円香は江口侑樹の冷淡な声を聞いた。「いいだろう」
「...?」園田円香は数秒遅れて反応した。「いいって...承諾してくれたの?」
こんなに寛容なんて、本当に江口侑樹なの?
江口侑樹は彼女の考えていることを察したかのように、横目で彼女を見て、再び薄い唇を動かした。「佐藤先生は真澄のためにこれほど尽力してくれた。当然、お礼の食事をすべきだ」