第286話 ごめんなさい

男の声は相変わらず冷たく淡々として、数文字を吐き出した。「離婚協議書を用意しろ」

「…………」

安藤秘書は一瞬、聞き間違えたかと思った。「な、なんですって？」

しかし今度は、社長は彼に何の機会も与えず、断固とした態度で、カチッと電話を切った。

ツーツーツーという音が耳元で鳴り響き、安藤秘書は大きくため息をついた。

もう離婚協議書を準備しなければならないとは...どうやら、今回の江川社長は本気のようだ。

突然、家が崩れたような感覚に襲われた。彼はずっと江川社長は素晴らしい男性だと思っていたのに、感情を騙し、結婚を騙し、さらには子供まで騙すクズ男だとは受け入れられない！

…

園田円香は染野早紀に病院まで送ってもらうことを断り、ジェームズ博士に電話をかけさせた後、アパートメントに戻った。

彼女が妊娠している事実は、絶対に漏らしてはならない。

病院は人が多く、噂が広がりやすい場所だ。安全は保証できない！

染野早紀が園田円香をアパートメントに連れて入ったばかりの時、ジェームズ博士とアシスタントの琳が到着した。

園田円香はベッドに横たわり、ジェームズ博士の診察に協力した。彼の眉間にしわが寄るのを見て、彼女の心も少し不安になった。

「博士、赤ちゃんは大丈夫ですか？」彼女の声は弱々しかった。

ジェームズ博士は聴診器を片付けながら、不機嫌そうに彼女を睨みつけた。「まだ怖がる余裕があるのか？昨日何て言ったんだ？心を落ち着かせて、感情的にならないように、泣かないようにって言っただろう？どこで聞いていたんだ？」

園田円香は目を伏せ、素直に謝った。「申し訳ありません」

傍らの染野早紀は心配になり、彼女のために弁解した。「博士、円香も仕方がないんです。彼女は既にかなり我慢していますよ。人には七つの感情と六つの欲があるんです。感情を完全に断ち切ったロボットじゃないんですから、悲しくないとか泣かないとかって言われても無理ですよ」

これらは全て制御できないことなんです！

ジェームズ博士もそれはそうだと分かっていた。怒りも収まり、口調も和らいだ。「安心しなさい。私がいる限り、閻魔様が命を取りに来ても待ってもらうさ」