葉山先生も蒼井華和のことについて知っていた。
蒼井華和が蒼井真緒を妬んで、わがままを言ってまで蒼井真緒と同じインターナショナルスクールに通いたがっていると聞いていた。
葉山先生が蒼井真緒を指名して問題を解かせたのは、蒼井華和に諦めさせるためだった。
蒼井華和など、蒼井真緒と比べる資格すらないのだ。
蒼井真緒は琴棋書画のすべてに通じる才女だが、一方で蒼井華和は何もできないただのヤンキーなだけ。
蒼井華和が蒼井真緒と同じ学校に通うなんて、愚かにも自ら恥をかきに来ているようなものではないか?
そもそも蒼井真緒を妬む資格すらなかった。
蒼井真緒は背筋をピンと伸ばし、足取りも堂々としている。一歩一歩と壇上へ向かいながら、その顔には揺るぎない自信が満ちていた。
この時、クラス全員の視線が蒼井真緒に集中していた。
万人の注目を集めていた。
彼女はこの感覚が大好きだった。
人生はまるでドラマ。蒼井真緒の目標は、誰もが注目する華やかな主役になること。それ以外の役は脇役に過ぎず、価値がない。
今のように。
教壇の前に立つと、蒼井真緒はチョークを取り、一画一画丁寧に問題を解いていった。一問を解くのに約10分かかった。
彼女の解き方を下の生徒たちは理解できなかった。
「やばい、蒼井女神様の解き方が全然わからないんだけど?」
「すごく変だね!」
学級委員が素早く答えを計算して、「答えは合っているけど、解き方は習ってないものです」と言った。
葉山先生は眼鏡を押し上げ、蒼井真緒を見るその目には驚愕の色が浮かんでいた。
なぜなら、蒼井真緒が使った解法は大学で学ぶ高等数学のものだったからだ。
さすが自分が目をかけている生徒だ。
やがて、蒼井真緒はチョークを置き、葉山先生を見て微笑んで言った。「葉山先生、解き終わりました」
葉山先生は穏やかな笑みを浮かべて、優しく頷いた。「真緒さん、とても素晴らしい解き方でした。」
「ありがとうございます」
「席に戻りなさい」
蒼井真緒は席に戻った。
葉山先生は定規を軽く叩きながら、教室全体に向けて話を続けた。「普通ならば、解析幾何の公式を使えば解けるこの問題ですが、蒼井真緒さんは巧みに大学レベルの高等数学の公式を用いて解きました。これには驚かされましたね。蒼井さんはすでに推薦入学を手にしているにもかかわらず、その立場に甘んじず、あえて受験に挑む覚悟を持っています。この向上心は、まさに皆さんが見習うべきものです!」
蒼井真緒の優秀さはあらゆる面に表れていた。
推薦入学について言えば。
インターナショナルスクールには毎年2つの推薦枠がある。
すべてトップクラスの大学だ。
この推薦枠は誰でも取れるものではない。蒼井真緒は海外の数学オリンピックで3位以内に入り、それで枠を獲得したのだ。
みんな蒼井真緒が推薦枠を獲得した後は学校に来なくなると思っていたが、そうではなかった。
彼女は毎日他の生徒と同じように通学を続け、賞を獲ったからといって偉そうにすることもなく、常に謙虚であり続けた。
メディアのインタビューで推薦入学を辞退した理由を聞かれた時、彼女はただ一言「推薦入学なんて簡単すぎます。私には、もっと高い目標が必要です」と答えた。
記者が「どれくらい高いのですか?」と尋ねた。
結局のところ、推薦枠を獲得することは一般の人々にとっては手の届かない夢なのだから。
蒼井真緒は答えた。「雲城の首席、いえ、全国首席だってなぜいけないでしょうか?」
国際数学オリンピックで3位以内に入った人物にとって、たかが全国首席など何でもないことだった。
まさに手の内にあるようなものだ。
若者には若者の豪気がある。
このインタビューは当時ショート動画プラットフォームで話題となり、蒼井真緒はSNSでも多くのフォロワーを獲得した。
葉山先生の褒め言葉を聞きながら、蒼井真緒は少し顎を上げ、心の中で言い表せないような優越感を感じていた。
彼女は神童であり、才女だった。
6組の凡人たちがいくら本を丸暗記しようと、彼女には到底敵わない。
葉山先生は続けて言った。「特に一部の人には言いたい。恵まれた環境に生まれたからといって、周囲を見下し、好き放題振る舞うのは大間違いだ。蒼井真緒さんを見習うべきです。恵まれた環境に生まれても、向上心を忘れてはいけません。親は一時の富貴は与えられても、一生の富貴は与えられません。今の権勢を笠に着て威張り散らしても、将来親がいなくなったらどうするつもりですか?人は安きに居て危うきを思うべきです!」
葉山先生のこの言葉は一見クラス全体に向けられているようだったが、実際には目が時々蒼井華和の方をちらりと見ていた。
彼女は蒼井華和が少しは自覚を持つだろうと思っていた。
しかし、蒼井華和は自覚を持つどころか、顔も赤らめなかった。
まさに救いようがない。
葉山先生はこの聴講生を非常に気に入らなかったが、この時は、この怒りを抑えるしかなかった。
蒼井華和が早く目を覚まし、自分を知り、インターナショナルスクールを退学することを願うばかりだった。
蒼井真緒は葉山先生の考えを察していた。
放課後、蒼井真緒は職員室を訪れた。
「葉山先生」
来訪者が蒼井真緒だと分かると、葉山先生はすぐに笑顔で顔を上げた。「真緒さん、来たのね」
蒼井真緒は頷いて「葉山先生、少しお話ししたいことがあります」と言った。
「何でも話してごらんなさい」葉山先生は立ち上がって蒼井真緒にお茶を注いだ。
蒼井真緒はお茶を受け取り、お礼を言ってから続けた。「葉山先生、姉のことで何か誤解があるのではないでしょうか?実は姉は幼い頃からたくさんの苦労をしてきました。田舎の生活がどんなものか先生もご存じだと思いますが、彼女の生活環境は本当に厳しいものでした。今、突然都会に戻ってきて、まだ完全に適応できていないんです。実は、姉が私と同じ学校に通いたがる理由はとても単純で、注目されたいんです。私のようになりたいんです」
「でも彼女はあなたとは全く違う世界の人でしょう!」と葉山先生は言った。
蒼井真緒は柔らかく微笑んだ「でも、彼女は私の姉です。養子であっても、私の心の中では大切な姉。葉山先生にはどうか、先入観を持たずに接してほしいと思っています」
葉山先生は蒼井真緒を見つめ、心の中で感慨深く思った。
蒼井真緒は本当に良い子で、良い妹だ。こんなに分別があって、素直で、成績が良くて、美しい子が自分の娘でないのが残念だ。
「分かりました。」葉山先生は続けて言った「先生として、私はどんな生徒にも公平に接する責任があります。真緒さん、心配しなくて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
蒼井真緒は葉山先生に一礼して「では、失礼します」と言った。
葉山先生は頷きながら、蒼井真緒の後ろ姿を目で追った。その眼差しには、優秀な生徒に対する揺るぎない信頼と称賛が滲んでいた。
蒼井真緒が去った後、高城先生が横から近づいてきて、感心したように「うちのトップ生徒は勉強が出来るだけでなく、人格も一流ですね」と言った。
今の言葉は、高校三年生の子供が言えるようなものではなかった。
しかし、蒼井真緒はそれを成し遂げた。
葉山先生は満足そうに微笑んで言った。「これこそ、まさに『才徳兼備』というものですね。」
高城先生は頷いた。
6組。
蒼井華和は最後列に静かに座っていた。その美しい佇まいは、何もしなくても一幅の絵のように魅力的だった。
男子生徒が勇気を出して近づき、LINEを聞こうとしたが、彼女は淡々と目を上げて「すみません、私は携帯を持っていません」と答えた。
これを聞いて、すぐに周りから笑い声が漏れた。
「本当に田舎者ね、携帯も持ってないなんて」
「きっとLINEが何かも知らないんでしょう」
「あの田舎者、やっぱり常識が通じないんだな…」
「あの田舎じゃ、水道も電気も通ってないって話だし、LINEなんて知らないのも無理ないわ!」