070:まさか彼女だったなんて!

篠崎澪は頷いて、笑いながら言った。「お嬢様の婚約者は、この子をよく育てていらっしゃいますね」

ただの雑種猫とはいえ、毛並みは艶やかで、体格も立派で、異臭もなく、飼い主がこの子を大切にし、心を込めて育てていることが分かった。

考えるまでもなく、猫の飼い主もきっと優雅な心の持ち主に違いない。

「ありがとうございます」

篠崎澪は身を屈めて、猫を如月廷真に返した。

如月廷真は猫を受け取った。

まんたんは賢く、篠崎澪の頭にすり寄った。

まるで篠崎澪と別れたくないかのように。

なぜだか、篠崎澪はこの猫と縁があると感じ、手を伸ばしてまんたんの頭を撫でた。「小さな子、また会えるといいね」

「お母さん」そのとき、蒼井紫苑がトイレの方向から小走りで近づいてきた。

「紫苑」篠崎澪は蒼井紫苑の手を取り、「行きましょう」

「はい」

去り際に、蒼井紫苑は車椅子に座る男性を振り返って見た。

ほんの一瞬のことだった。

しかし、その一瞬で蒼井紫苑の呼吸は乱れた。

男性の五官は美しく整い、輪郭は鮮明で、車椅子に座っているにもかかわらず、背筋はピンと伸び、漆黒で深遠な鳳凰の目は底が見えないほどで、高く通った鼻筋は刀で削ったかのように完璧だった。

蒼井家のお嬢様として、蒼井紫苑は多くの映画スターを見てきた。

しかし今、目の前のこの人に匹敵する者は一人もいなかった。

映画界の帝王である蒼井陽翔でさえ、この男性の前では三枚も下手に見えた。

一目で並の人物ではないことが分かった。

河内市にいつからこんな大物がいたのだろう?

蒼井紫苑はすぐに視線を戻し、続けて言った。「お母さん、あの猫が気に入ったの?」

篠崎澪は頷いた。「どういうわけか、あの猫と相性が良いような気がしたの」

「じゃあ、あの方に聞いてみましょうか。猫を売ってくれないかって」

そう言って、蒼井紫苑は向かおうとした。

篠崎澪は蒼井紫苑の手を引き止めた。「いいの」

「どうして?」蒼井紫苑は尋ねた。「お母さん、気に入ったんでしょう?」

篠崎澪は言った。「あの猫はあの方の婚約者が育てているのよ」

猫をあれほど立派に育てているのだから、きっとお金に困っている人ではないはずだ。