篠崎澪は頷いて、笑いながら言った。「お嬢様の婚約者は、この子をよく育てていらっしゃいますね」
ただの雑種猫とはいえ、毛並みは艶やかで、体格も立派で、異臭もなく、飼い主がこの子を大切にし、心を込めて育てていることが分かった。
考えるまでもなく、猫の飼い主もきっと優雅な心の持ち主に違いない。
「ありがとうございます」
篠崎澪は身を屈めて、猫を如月廷真に返した。
如月廷真は猫を受け取った。
まんたんは賢く、篠崎澪の頭にすり寄った。
まるで篠崎澪と別れたくないかのように。
なぜだか、篠崎澪はこの猫と縁があると感じ、手を伸ばしてまんたんの頭を撫でた。「小さな子、また会えるといいね」
「お母さん」そのとき、蒼井紫苑がトイレの方向から小走りで近づいてきた。
「紫苑」篠崎澪は蒼井紫苑の手を取り、「行きましょう」
「はい」
去り際に、蒼井紫苑は車椅子に座る男性を振り返って見た。
ほんの一瞬のことだった。
しかし、その一瞬で蒼井紫苑の呼吸は乱れた。
男性の五官は美しく整い、輪郭は鮮明で、車椅子に座っているにもかかわらず、背筋はピンと伸び、漆黒で深遠な鳳凰の目は底が見えないほどで、高く通った鼻筋は刀で削ったかのように完璧だった。
蒼井家のお嬢様として、蒼井紫苑は多くの映画スターを見てきた。
しかし今、目の前のこの人に匹敵する者は一人もいなかった。
映画界の帝王である蒼井陽翔でさえ、この男性の前では三枚も下手に見えた。
一目で並の人物ではないことが分かった。
河内市にいつからこんな大物がいたのだろう?
蒼井紫苑はすぐに視線を戻し、続けて言った。「お母さん、あの猫が気に入ったの?」
篠崎澪は頷いた。「どういうわけか、あの猫と相性が良いような気がしたの」
「じゃあ、あの方に聞いてみましょうか。猫を売ってくれないかって」
そう言って、蒼井紫苑は向かおうとした。
篠崎澪は蒼井紫苑の手を引き止めた。「いいの」
「どうして?」蒼井紫苑は尋ねた。「お母さん、気に入ったんでしょう?」
篠崎澪は言った。「あの猫はあの方の婚約者が育てているのよ」
猫をあれほど立派に育てているのだから、きっとお金に困っている人ではないはずだ。