「大丈夫よ」蒼井華和は少し振り返って言った。「どうしてここにいるって分かったの?」
彼女は一時間ほど目的もなく歩き回り、ついでに人生について考えていた。
ホテルを探して泊まろうとしていた時、如月廷真の車が止まった。
こんな時に彼を見かけて、心が急に温かくなった。
とても不思議な感覚だった。
「たまたま通りかかっただけだ」如月廷真は低い声で答え、それ以上の説明はしなかった。
たまたま通りかかっただけ?
運転していた若松峰也は口をへの字に曲げた。
彼は新しい如月廷真を知ることになった。平気で嘘をつく人物を。
今は普段と変わらない様子に見える如月廷真だが。
一時間前まで、如月廷真はベッドに横たわっていて、足の持病が発作を起こし、顔色は真っ青だった。
何人もの医師が集まって対策を協議し、痛みを和らげる方法を探っていた。
しかし如月廷真は若松峰也を見上げて、「蒼井家まで一緒に行ってくれ」と言った。
医師たちがどれだけ制止しても、その考えは変わらなかった。
若松峰也はその時とても心配で、何度も如月廷真に約束した。必ず蒼井華和を連れてくるから、彼女に少しの不快な思いもさせないと。
しかし如月廷真は依然として自分で蒼井華和を迎えに行くことを主張した。
仕方なく、若松峰也は如月廷真に付き添って来ることにした。
「そう」蒼井華和は軽く頷いた。
空気が数秒間沈黙に包まれた。
男性が再び口を開いた。「とりあえず私の所に行かないか?」
蒼井華和が何か言う前に、如月廷真は説明を加えた。「西部郊外の家だ」
「うん」
「にゃー!」
その時、まんたんが飛び上がって、如月廷真の体に飛びついた。
如月廷真の腕の中でゴロゴロと擦り寄っていた。
如月廷真はまんたんの頭を撫でながら、若松峰也に向かって言った。「西部郊外へ」
「はい」
車はゆっくりと進んだ。
およそ三十分後、一棟のマンションの前に停まった。
若松峰也が車のドアを開け、車椅子を出そうとした時、如月廷真は車椅子から立ち上がった。
「兄さん?」若松峰也は驚いて如月廷真を見つめた。
如月廷真は右手を少し上げ、大丈夫だと合図した。
蒼井華和も車から降りた。
その時、前を歩いていた如月廷真の体が突然傾き、地面に倒れそうになった。
心を刺すような痛み。