蒼井真緒は如月廷真を見つめ、良い気分が半分消えてしまった。
考えるまでもなく、如月廷真がここに現れた理由は分かっていた。
きっと彼女のために来たのだろう。
蒼井真緒には理解できなかった。これほどの出来事があったのに、なぜ如月廷真は彼女に未練を持ち続けているのか。
やはり、役立たずは役立たずだ。
如月廷真にどれだけはっきりと言っても、自分のことが分からないのだ。
蒼井真緒は心の中のいらだちを抑えた。
今日は静園さんも会場にいる。失態は許されない。
静園さんに最高の自分を見せなければならない。
そのとき。
背後から篠崎登世の声が聞こえた。
「真緒」
「先生、どうかしましたか?」蒼井真緒は振り返った。
篠崎教授は笑いながら言った。「先輩を紹介させてください」
そう言って、隣にいる少し太めの中年男性を指さして言った。「こちらは国際バイオリン協会の副会長、林朝日さんです。林さん、これが私が先ほどお話しした新しい弟子の蒼井真緒です」
「林副會長、はじめまして」
蒼井真緒の顔に上品な笑みが浮かんだ。
林朝日は頷きながら、蒼井真緒を見て言った。「篠崎教授が最近、才能のある弟子を取ったと聞いていましたが、まさに百聞は一見にしかずですね。今日の演奏が楽しみです。舞台に上がっても緊張しないで、私たちを大根でも見るような気持ちで演奏してください」
篠崎登世は稀有なバイオリニストで、バイオリン研究のため、近年は海外に住んでいた。
篠崎登世に認められる人はほとんどいない、というよりもゼロに等しかった。
篠崎登世が蒼井真緒を弟子として受け入れたということは、この若い女性の実力が侮れないということを十分に物語っている。
どうやら。
バイオリン界にまた新しい風が吹き込まれそうだ。
もし蒼井真緒の実力が本当にそれほど強いのなら、彼らバイオリン協会はどんな努力を払っても、蒼井真緒を協会に加入させるだろう。
そうなれば、蒼井真緒はバイオリン界最年少の上級会員となるだろう。
実は、林朝日は特に蒼井真緒のために来たのだ。
篠崎登世にこんな人材を海外に連れて行かれるわけにはいかない。
結局のところ、篠崎登世は今C国のバイオリン協会の会長なのだから。
「ありがとうございます、林副會長。頑張ります」
林朝日は頷いた。