第10章 財務権を取り戻す
「何があったんだ？何の騒ぎだ！」林富岡は山田真由の悲鳴を聞いて、足早に階段を上がった。
鈴木末子は夏川清美を鋭く睨みつけると、さも何でもないかのように口を開いた。「大したことないわ、真由さんが清美の部屋を片付けている最中に、うっかり転んだだけよ。清美、驚かなかった？」
口では気遣うような言葉を並べながらも、その目にははっきりとした警告の色が浮かんでいた。
「はい」夏川清美は、うつむきながら小さく頷いた。
林富岡は、娘のこうした萎縮した態度を最も嫌っていた。だが、自分を悲しませまいとして、ここまで自分を追い詰めている娘を目の当たりにし、珍しく怒りを抑えた。「片付けが終わったら、すぐに食事に来なさい。」
「すぐに終わります」鈴木末子は間髪入れずに返事をした。
夏川清美は目に浮かぶ不快感を隠し、前に出て父の服の裾を軽く引っ張った。「おお父さん、財布をなくしてしまって……もし今日、結城様がいなかったら……」
「結城様はこれからお前の義兄になるんだから、助けるのは当然よ。」林富岡が口を開くより先に、鈴木末子がさっと言葉を挟んだ。
「でも、もしまたお金がなくなったらどうすればいいの？私はもう大学生だから、家にばかり頼るのはよくないって分かってる。でも……私、食べる量が多くて……」夏川清美は言いながら恥ずかしそうに話題を変えた。「もし次に困った時、結城様じゃない人に出会ったら、その人が助けてくれなかったら……？」
林富岡はさっきまで鈴木末子の言うことにもっともだと思い、カードをなくしたなら再発行すればいいと考えていたが、今夏川清美の話を聞いて、顔を曇らせた。「お前は堂々たる林家の令嬢だ。外で金を借りるなどあってはならない」
そう言って暗い表情で鈴木末子を見た。普段、夏川清美の生活費は鈴木末子が管理している。夏川清美は直接は言わなかったものの、その言葉の端々から、彼女の生活費が足りていないことが伝わってきた。
鈴木末子は内心で歯ぎしりをした。このデブ野郎、わざとやってるんじゃないの？「あなた、これは私の配慮が足りなかったわ。清美ももう大人になったのだから、以前より出費が増えるのも当然ね。すぐに携帯とカードを再発行させるわ。それから、生活費を月に二十万円増やしてもいいかしら？」
林富岡はそれを聞いて頷いた。
夏川清美は心の中で「老獪な狐め」と罵りながらも、声には自責の念を込めた。「お父さん、増やさなくていいです。継母を責めないでください。私、これからは少なめに食べるようにします」
頷いていた林富岡は途端に不機嫌になった。娘が少し太っているからといって、どれほど食べられるというのか？林家がそれすら養えないとでも？外聞が悪すぎる。
「四十万円増やす。すぐに再発行の手続きをさせる」きっぱりと決めた。
夏川清美は口元にわずかな笑みを浮かべ、一方でようやく起き上がった山田真由を見て、急いで駆け寄った。ふっくらした手が偶然にも山田真由の手首の傷を掴んでしまった。「真由叔母さん、ゆっくり…」
「あぁ！この小娘が！」
「真由叔母さん、私...私、わざとじゃなくて…」瞬く間に夏川清美の顔は涙で溢れた。
あまりにも悔しそうに。
まだ遠くに行っていなかった林富岡は、「小娘が！」という叫びを聞くなり、怒りに燃えて振り返り、山田真由を蹴り飛ばした。「誰に向かって言っているんだ！」
どれほどこの娘が嫌いだろうと、実の娘であることに変わりはない。使用人に虐げられるような存在ではない。ましてや、清美の先ほどの反応を見るに、この老婆め、きっと初めてではないだろう！
「あぁ…旦那様…」山田真由は手首の痛みが引く間もなく、再び地面に崩れ落ちた。怒りに震える林富岡と目が合うと、先ほどの傲慢さは消え、おずおずと旦那様と呼んだ。体の激痛さえ必死に耐えた。
「普段からこうして清美に接していたのか？」林富岡の手入れの行き届いた顔には、疑念が満ちていた。
目の前でこれなら、陰ではどれほどのことをしていたのか知れたものではない。今日、清美を物乞いのように追い返したのも納得がいく。
「い、いえ…そんなことは…旦那様、誤解です！」
「出て行け！」
「富岡さん、そんなに怒らないで。真由さんはいつもこんなことしないわ。ただ、さっき清美が彼女の骨折した手首を引っ張ってしまったし、それに部屋に入るときにまた酷く転んだから、つい言葉を間違えただけよ」鈴木末子は急いで近づき、林富岡の背中を軽く叩きながら、宥めるように言った。
さらに彼の手をそっと握り、甘えた声で囁いた。「真由さんは何年も林家に仕えてきたでしょう？あなたも彼女のことをよく知っているはずよ。せめて会社の後方支援部門に回すことにしましょう。真由さんは私の叔母の親戚なのよ…」
「ふん、もう二度とこの婆を目にしたくない」
林富岡が立ち去ると、鈴木末子は山田真由に鋭い目配せを送り、すぐに林富岡の後を追った。「あなた、後で東坡肉を作ってあげるわ。体を壊さないでね…」
夏川清美は林富岡の去っていく背中を見つめ、嘲笑を浮かべた。この父親、やはり大したことがない。鈴木末子の数言で、侮辱された娘をあっさりと置き去りにできるのだから。
ふん。
まあ、全く収穫がなかったわけではない。当面は鈴木末子母娘に財産を握られずに済む。
だが、これからはどうなるかわからない。自分で生き抜く手段を考えなければ。
そう考えながら、夏川清美は散らかった部屋の片付けを始めた。医者として軽度の潔癖症がある彼女は、一時間かけて整理を終え、ベッドの下から古いシール付きの缶を見つけた。
夏川清美は以前の自分の記憶を探ったが、ぼんやりとした記憶しかなかった。それは、元の持ち主である母親の遺品で、ずっと大切に保管されていたものだった。
開けてみると、中には古い型のノキアの携帯電話と、一枚のカップルの写真が入っていた。
夏川清美は携帯を充電し、色あせた古い写真を手に取った。写真の中の林富岡はまだ若く、背が高くハンサムだった。そして彼の隣の女性は、まさに絶世の美女と呼ぶにふさわしかった。
写真を通してさえ、比類のない美貌が伝わってきて、80年代90年代の香港スターに匹敵するほどだった。
これが元の持ち主の母親？
夏川清美は鏡の中の自分の顔を見て、落胆して箱を置き、携帯の電源を入れた。
ピピピ...
電源を入れるとすぐに数件のメッセージが届いた。すべて同じ内容だった。「林さん、こちらは仲夏トラストです。矢崎若雅（やざき わかまさ）様のご委託により、あなたが18歳になられた後、彼女名義の全株式が自動的にあなたに譲渡されることになっております。ご確認をお願いいたします」
夏川清美は「...」
株式？
夏川清美はそこで写真の下にゴールドカードがあることに気づいた。考えた末、銀行に電話をかけると、向こうから機械的な応答が返ってきた。「申し訳ございません。お客様の口座残高が規定額を超えているため、残高の照会はできません。お手数ですが、銀行のVIPカウンターにてご確認ください」
残高が規定額を超えている？
夏川清美は笑みを浮かべた。貧乏人だと思っていたのに、まさか隠れた富豪だったとは。