第03章 まずは利子を取る

「あのデブ、まだ死んでなかったの？本当にしぶといわね！」

──ドンッ！

悪意に満ちた女の声とともに、ドアが乱暴に蹴り開けられた。

鏡を見ていた夏川清美の体が、一瞬びくりと震えた。それは、この体の本能的な反応だった。

どれほど林暁染とその母親を恐れていたのか、人が死んでもなお体は怯えを覚えている。

鏡の中の夏川清美の唇が冷たい笑みを浮かべた。

――せっかく自らやって来たのだから、少しばかり利息をいただこう。

「あら、鏡なんか見ちゃって？自分の気持ち悪い顔を見すぎて食欲がなくならないの？あ、でもそうなればダイエットになるか！」林夏美は腕を組んで夏川清美を嘲笑った。

夏川清美は伏し目がちに、冷ややかな光を目の奥に隠し、体をわずかに震わせる。「夏美ちゃん……どうしてそんなことを言うの……？」

「じゃあ、どう言えばいいの？デブ豚。いい？警告しておくけど、結城様はもう子供を引き取ったわ。あんたは余計なことを一言でも喋ったら、死んだものと思いなさい。」

林夏美は、夏川清美が生きていたと知り、わざわざ釘を刺しに来たのだ。

「でも……せめて一目だけでも……十月十日、お腹の中で育てた子なんです……」そう言った瞬間、夏川清美は無意識に眉をひそめた。

これは彼女の意志ではない。この体が本能的に子供を求めているのだ。

「何が“あんたの子”よ？」

林夏美の目がぎらりと光る。毒々しく夏川清美を睨みつけ、「もう一度警告するわ。あれは私が十月十日お腹を痛めて産んだ子よ、もし余計なことを口走ったら、あんたを消す手段なんていくらでもあるんだからね！」

そう言うが早いか、林夏美の手がが夏川清美の頬へと振り下ろされた。

しかし——

夏川清美はすんでのところで首を傾け、その一撃を避ける。怯えたふりをしながら、小さく身を縮め、か細い声で問いかけた。

「……それじゃあ、前に約束してくれたことは？」

「おとなしく言うことを聞けば、考えてあげてもいいわ。」

林夏美は、夏川清美の弱々しい態度を見て、先程の失敗をただの偶然だと思ったらしい。

勝ち誇ったような表情で、傲慢に言い放つ。

「……わかった……」

夏川清美がしおらしく頷くと、林夏美の目にはさらに侮蔑の色が濃くなった。

ちょうどその時、鈴木末子が部屋へと入ってきた。「ニュースはもう手を回しておいたわ。親子鑑定の結果さえ出れば、結城様はすぐにでも求婚しに来るはずよ。」

「本当！？」林夏美は先程の邪悪な表情をすっかり消し去り、美しい顔に甘い期待の色を滲ませた。

「もちろんよ。ママを信じなさい。」鈴木末子は得意げに微笑んだ。

林夏美はもはや夏川清美に構っていられず、そのまま踵を返して部屋を出ようとした。

その瞬間、夏川清美は狙いを定め、細い針をシュッと投げた。針は正確に林夏美の膝の神経に当たる。

「きゃっ！」

ちょうどドアの前にいた林夏美の膝が急に痺れ、バランスを崩して前のめりに倒れた。

驚いた彼女は反射的に、ハイヒールを履いた鈴木末子の腕を掴む。

「きゃっ、ちょっ……！」

鈴木末子は娘を支えようとするが、足元が滑り、二人はそのまま床に倒れ込んだ。

──ドスンッ！！

激しく床に叩きつけられ、二人の顔が歪むほどの痛みが走る。まだ痛みも引かぬうちに、夏川清美が驚いたような表情で声を上げた。

 「夏美ちゃん！鈴木おばさん、大丈夫ですか！？」

焦ったように手を伸ばすも、体重が重すぎて二人を支えきれず、逆にそのまま倒れ込んでしまった。

「やめてぇぇぇぇぇ！！！」

「ぎゃああああああ！！！」

絶望の叫びが部屋に響く。

夏川清美の巨体が、林夏美の細い脚を完全に押しつぶす。

慌てて立ち上がろうとしたが、体が重すぎてうまく動けない。

バランスを崩し、もう一度ドスンッと座り込んだ。

──パキッ！

嫌な音が響く。

「あぎゃああああ！！！」

林夏美の顔が真っ青になり、絶叫が上がる。

「クソデブ！ぶっ殺してやる！！」

林夏美が悶えながら怒鳴る。

「このバカ豚！絶対に許さない！」

下敷きになっている鈴木末子もまた、苦痛に顔を歪めた。

夏川清美は必死に起き上がろうとするが、やはり重すぎてまた崩れ落ちる。

「ごめんなさい、夏美ちゃん！鈴木おばさん、ごめんなさい……！」

「ぎゃああああ！医者！医者を呼んでぇぇ！！」

その後、林夏美母娘は医者に担ぎ出される。

夏川清美は、しおらしく俯いたまま、弱々しく謝り続けていた。

誰も気づかなかった。

その目の奥に、狡猾な笑みが浮かんでいたことに。

──骨折なんて、ほんの手始めにすぎない。本当の“利息をいただこう”は、これからだ。