夏川清美の頬が目に見えて赤くなり、結城陽祐の露骨な視線に怒りで震えていた。しかし、抱いている赤ちゃんは彼女の怒りを感じ取れず、むしろ一層力強く吸い付いていた。
静かな部屋の中で、久美の授乳音が際立って聞こえ、空気が妙に気まずくなった。
結城陽祐は藤堂さんが出てきたのを見て、夏川清美が授乳を終えたと思い込んでいたが、入室するとこの見慣れた光景に遭遇し、無意識に薄い唇を引き締めた。
前回とは違い、今回は久美が楽しそうに吸い付いており、豊かな景色の半分を隠していたが、その美しさは損なわれていなかった。
前回の記憶が脳裏に残っていたが、今回は結城陽祐も冷静さを保ち、夏川清美の怒りの視線の中でゆっくりと車椅子を回転させた。
医療バッグを持った主治医が入ろうとした時、二少爺が動かないのを見て尋ねようとしたが、長い手がドアをバタンと閉めた。
秋山綾人は鼻をドアに当てそうになり、黒縁メガネを直しながら「二少爺?」と声をかけた。
「待っていろ」結城陽祐は部屋の中から、背を向けている夏川清美を見つめ直しながら冷淡に答えた。まるで先ほど若い女性が授乳している場面を目撃した人物が自分ではないかのように。
結城陽祐の主治医である秋山綾人は困惑した表情を浮かべながらも、待つしかなかった。
夏川清美の表情は良くなかった。藤堂さん以外の人の前で授乳したことはなく、特に相手が男性で、しかもその男性が今日からは義理の兄になる人物だった。
「二少爺、申し訳ありませんが外へ出ていただけませんか」夏川清美は冷たく硬い声で追い出そうとした。
結城陽祐は動かなかった。
夏川清美が授乳している間に、野村黒澤は事情をほぼ調べ上げていた。
夏川清美の命を狙った人物は、まさに今日の彼の婚約者である林夏美だった。
しかも今日が林夏美がぽっちゃりくんに手を出した初めてではなかった。
三日前の医療コンテストで、ぽっちゃりくんが誠愛病院の霊安室に行き、研究室に迷い込んだのは、槙島秀夫と林夏美が夏川清美を狙わせた人々のせいだった。
この二人の一人はぽっちゃりくんの婚約者で、もう一人は義理の姉だった。
しかも雇った一派の一人は、ぽっちゃりくんを凌辱して把柄を握り、今後自分の思い通りに操れる従順な犬にしようと考えていた。
もう一人は密かに金額を上乗せし、ぽっちゃりくんの命を狙っていた。