「どうしたの?」林明里は自分のネイルを見下ろしながら、上の空で尋ねた。
林夏美は死んでしまったのだから、年寄りの尼が逃げようが逃げまいが、どうでもいいことだった。
「あの老いぼれは、デブ野郎に何かあったと聞いて、油断した隙に逃げ出しやがった」鈴木政博は悔しそうに言った。確かに二人を見張りに付けていたのに、どういうわけか逃げられてしまい、監視役の二人も姿を消してしまった。
鈴木政博は、責任を取りたくなかったのだろう、老いぼれが逃げたのを見て、一緒に逃げ出したのだと推測した。
心の中で縁起でもないと呟きながら、表面上は恭しく林明里を見つめた。
林明里は話を聞き終わると軽く鼻を鳴らした。「どうせ現れるわ。槙島家との婚約式があるんだから。林叔父さんに言っておいて。あのデブ野郎は死んだけど、家はまだあるわ。あの老尼から取り戻して、私の投資用にちょうどいいわ」
夏川清美があの家を買った時から、林明里は欲しがっていた。
あの家は小さいながらも春江花月荘にあり、価値は三千万円近く、地下鉄の駅も近く、誠愛病院の近くで、値上がりの可能性が大きかった。
「はい、すぐに見張りを付けさせます」鈴木政博は心の中で林明里のことを欲張りな女だと罵りながらも、表面上は逆らう様子を見せなかった。あと二時間もすれば彼女は正式に結城家の次男の婚約者となり、これからは莫大な富と権力を手にするのだから、今のうちに機嫌を取っておく必要があった。
鈴木政博が去ると、林明里は'ピリオド'にメッセージを送った。「きれいに片付いた?」
相手からは二文字だけの返信があった。「完了」
夏川清美の始末を依頼したのは林明里だったが、送金はハッカーの'ピリオド'を通して行った。万が一に備えてのことだった。
肯定的な返事を得て、林明里の心はさらに落ち着き、婚約式の開始を待ちながら専念してSNSを見ていた。
ネット上では彼女の投稿をきっかけに、さらに多くのユーザーが議論に加わり、ますます盛り上がっていた。
しかし当事者の夏川清美は、これらのことを全く知らなかった。
シャワーを浴び終えて出てくると、リビングに掛けられているウェディングドレスが目に入った。思わず周りを見回してから、最後に藤堂さんに問いかけるように視線を向けた。
藤堂さんは笑って言った。「陽祐さまからのプレゼントですよ」