第617章 私には恥知らずな考えがある

加藤迅は夏川清美を見つめ、その目が柔らかくなった。彼は生まれた時から間違いだった。そしてその後も多くの間違った決断をしてきた。

しかし、彼は負けを認めた。

この惨めな人生に未練はもうない。ここでも負けを認められないなら、さらに笑い者になるだけだ。

「清美ちゃん、私は行くよ」長い沈黙の後、加藤迅が再び声を上げた。

夏川清美の瞳が思わず縮んだ。彼には行き場がないことを知っていた。口を開きかけたが、引き止める言葉も、慰める言葉も出てこなかった。

「清美ちゃん、私を許さないで」加藤迅は夏川清美の表情を見つめながら言った。彼は自分の愛した女性が優しい心の持ち主だと知っていた。だから去り際に彼女に伝えたかった。彼を許さないでほしいと。

許さなければ、彼女は彼のことを覚えているだろう。

彼は彼女に忘れられたくなかった。

夏川清美は何故か、胸が詰まる思いで聞いていた。「私は...」

「もういい、行くよ」加藤迅は夏川清美を気遣い、さも平然と手を振った。しかし、その目は夏川清美に執着するように留まり、やっとの思いで視線を外し、背を向けた。

本当は一番言いたかったのは、清美ちゃん、愛している、とても、とても、君が思う以上に愛しているということだった。

しかし、もう愛を語る資格はない。あの四ヶ月は盗んだ時間だった。

でも、その四ヶ月があれば、何度も何度も思い返すことができ、それが生きていく支えになる。

夏川清美は男の寂しげな後ろ姿を見つめ、胸が痛んだ。「先輩...」

加藤迅の体が震えたが、立ち止まることなく、ドアを開けて出て行った。

結城陽祐は加藤迅がドアを開けて入ってくるのを見て、「清美...」と声をかけた。

その声には思わず緊張が滲んでいた。

夏川清美がもう加藤迅を愛していないことは十分わかっているはずなのに、加藤迅が清美に近づくたびに、不安になってしまう。

夏川清美は結城陽祐の声に含まれる微妙な感情を聞き取り、その整った顔立ちを見つめながら、突然「陽祐さん」と呼びかけた。

結城陽祐は思わず体を強張らせ、心の中に大きな不安が湧き上がった。加藤迅が清美に何を言ったのかわからない。しかも先ほど相手が、自分はただ先手を打っただけで、久美の父親だから清美が自分を選んだだけだと言ったことが気になっていた。