第66章 見るものなんてないよ、優歌

灰原優歌が我に返ると、「お兄さん、どうしてここに?」

「中は騒がしいから」

男は背が高く脚が長く、仕立ての良い黒いスーツを着て、慵懶で気品のある様子だった。淡い色の瞳で軽く一瞥するだけで、人の足がすくむほどだった。

これはキャンパスの男子学生には真似できない成熟した雰囲気だった。

「小娘、拾ってきたのか?」

男は少し身を屈めて近づき、無造作に彼女を眺めながら、磁性のある声で性的魅力たっぷりに言った。

「……違います」

灰原優歌は男の体から漂う、かすかに感じ取れるアルコールの香りを嗅ぎ取り、少し躊躇してから、「お兄さん、もしかして……」お酒を飲んだの?

言葉が終わらないうちに。

遠くから聞こえてきた声に、彼女の言葉は遮られた。

「裕香、行かないで!あなたが行ってしまったら、お母さんはどうすればいいの?」

柴田裕香は泣きながらホールから飛び出してきて、不意に地面に転んでしまった。柴田の母が慌てて追いかけてきた。

急いで彼女を助け起こし、目に心配の色を浮かべた。

「裕香、痛くない?!」

「お母さん、私は柴田家の人間じゃない。私はただの他人よ!」

柴田裕香は泣き崩れた。

柴田の母は柴田裕香を抱きしめ、「そんなことないわ、裕香はずっと私の唯一の娘よ」

「裕香、お父さんは19年間お前を育ててきたんだ。どうして他人扱いするんだ?」

柴田の父はいつも冷静だったが、柴田裕香に対する心配を隠せなかった。

少し離れたところで。

この家族の和やかな光景が、灰原優歌の目に映っていた。

灰原優歌は相変わらず口元を緩ませていたが、笑みは目には届いていなかった。

しかし気づかなかった。

傍らの男の目が濃い黒さを帯び、はっきりとしない様子で、その視線は淡々としているのに、どこか人を威圧するような攻撃性を感じさせた。

次の瞬間。

彼は骨ばった長い指で、少し軽薄な様子で灰原優歌の大きなフードを引っ張り上げた。

灰原優歌が反応する間もなく、フードは彼女の顔の半分以上を覆ってしまった。

視界が一瞬で遮られた。

ただ男の無造作な声が聞こえた。磁性があり、人の心をくすぐるような声だった。

「何を見てるんだ?お兄さんより綺麗なのか?」

灰原優歌は生まれつき暗がりを怖がる性質で、思わず顔を上げると、精巧な顎のラインだけが見えた。