「久保……」
苗木おばさんが話そうとしたが、久保時渡に制止された。
何も知らない灰原優歌は、再び携帯を手に取り、画面の時間を見つめながら、物思いに耽っていた。
8時になった。
切り上げると、この男は10時になっても帰ってこない。
突然、灰原優歌は、以前久保時渡が彼女をバーから連れ出した時の気持ちが分かるようになった。
「……」
灰原優歌がノートパソコンを閉じた瞬間、清楚で気品がある男性が片膝を軽く曲げているのが目に入った。
彼の長く整った指が、何気なくシャツの襟元を緩め、その仕草は慵懒で魅惑的だった。
そのとき。
灰原優歌の視線は、男性のセクシーな喉仏にある、あのほくろに釘付けになった。
その位置にあるほくろ。
色気がありすぎる。
しばらくして、彼女はゆっくりと視線を逸らした。
灰原優歌:「お兄さん、早く帰ってきたね」
「そう?優歌が心の中で僕を罵っていると思ったのに」
久保時渡は優雅な視線を彼女に向け、愉快そうに低く笑った。
深みのある磁性的な声が鼓膜を刺激し、たまらなかった。
「そんなことないよ」
灰原優歌は顔を上げ、赤い唇を曲げて、「お兄さんが珍しく恋に落ちたのね」
「恋?」久保時渡が言った。
灰原優歌は少し考えてから、突然両手をテーブルについて、頬杖をつき、綺麗な目尻を上げて、男性の胸元をまっすぐ見つめた。
「つまり、お兄さんの体の中で、唯一人を隠せる場所よ」
その言葉を聞いて。
男性の判然としない眼差しが彼女に注がれた。しばらくすると、彼の瞳は次第に深く沈み、酔わせるような色を帯びながら、彼女をじっと見つめていた。
久保時渡は薄紅の唇を曲げ、慵懒に手を伸ばして彼女の首筋を軽く摘み、性的魅力たっぷりの低い声で言った。
挑発的で不遜な口調で、「じゃあ、火をつけたのは君かい?いたずらっ子」
この甘い優しさが、まっすぐ心に突き刺さる!
心の先端がしびれるような感覚!
この瞬間。
灰原優歌も体が固まった。
この男は、どうしてこんなにも全身から色気と魅力を放っているの??!
抑えきれずに。
灰原優歌の脳裏に、この男のベッドでの姿が浮かび、たまらなくなった……
「お兄さん、ご飯食べた?」灰原優歌は無意識に真面目な話題に変えた。
「まだだよ。家で育てている花を見に急いで帰ってきたんだ」