「佐藤、この問題わかる?」
土屋遥は灰原優歌が余裕そうな様子を見て、心に違和感を覚え、思わず後ろに近づいて尋ねた。
「わかるけど……30分くらいかかるかな」佐藤知行はペンのキャップをいじりながら答えた。
この問題は、完全に範囲外だった。
試験で出たら、諦めるかもしれない。
結局、一問にそんなに時間をかけている余裕はないのだから。
「……さっきまで隣の席の奴に期待してたのに」土屋遥は思わず深いため息をついた。
灰原優歌があんなに楽々と書いているのを見て、隣の席の奴が隠れた秀才だと本気で思っていたのに。
「その期待は、間違ってないよ」佐藤知行は深い眼差しで土屋遥を見つめた。
「森谷さん、解き方持ってる?」
誰かが興味深そうに尋ねた。
森谷美貴は首を振った。「答えしかないわ」
ただ、彼女も灰原優歌が本当にできるとは思っていなかった。
冗談じゃない。
灰原優歌が物理の達人なら、クラス全員が雲大に推薦入学できるはず。
しかし。
次第に、和田誠の表情が曇り始め、手元のチョークの動きも遅くなっていった。
後半の解き方を、完全に忘れてしまったのだ。
「和田君、どうして続きを書かないの?」
その声を聞いて、森谷美貴も思わず黒板を見た。和田誠は黒板の半分ほど書いていて、彼女の心は妙に締め付けられた。
しかし。
灰原優歌の方を振り向くと、和田誠よりも少ない解答しか書いていないのに、すでにチョークを置いていた。森谷美貴は思わずほっとため息をついた。
「先生、書き終わりました。席に戻っていいですか?」
灰原優歌は指についた白墨の粉をこすりながら、眉をひそめた。
越智哲彰先生は歪みそうな表情を必死に抑え、無表情で頷いた。
同時に。
和田誠も問題を七、八割ほど書き上げた。完璧ではないものの、見た目は灰原優歌より多く書いていた。
「先生、僕も終わりました」和田誠は汗を拭いながら呟いた。
「戻りなさい」
越智先生の口調に、皆は首を傾げた。
どうしたんだ?
もしかして、灰原優歌が適当に書いて、和田誠も間違えたのか?
森谷美貴は答えを確認しようとせず、灰原優歌が正解するとも思っていなかった。
彼女は声を上げた。「先生、結果を発表してください!」
その言葉が落ちると。
多くの生徒が面白そうな表情で、からかうように灰原優歌を見つめた。