男は、ソファーに寄りかかり、その体から漂う涼やかな香りにお酒の匂いが混ざっていた。シャツの襟元のボタンが2つ外れ、美しい鎖骨が覗いていた。
露出した肌から、人の心を躍らせる引き締まった胸元へと続く官能的な雰囲気が漂っていた。
まるで人を誘惑する犯罪現場のようだった。
灰原優歌は長い睫毛を震わせ、瞳の奥に秘めた想いと、ある衝動的な考えを隠した。
「お兄さん、寝ちゃった?」
優歌は尋ねた。
しかし、しばらく経っても、ソファーに寄りかかった男からは何の反応もなかった。
「こんなに深く寝てるなんて」
優歌は独り言を言いながら、頬杖をつき、人差し指で男の睫毛を優しく撫でた。「どうしてこんなに綺麗なの?」
そう言った後。
突然。
優歌の脳裏に、前回吉田麻奈未が言った言葉が浮かんだ。
——「心が動くかどうかを確かめる一番簡単な方法は、手を繋ぐこと、キスすること、そして愛し合うこと」
彼女の美しく艶やかな顔には感情が読み取れなかったが、視線は男の薄紅色の唇に注がれていた。
突然。
優歌はもう一度優しく呼びかけた。「お兄さん?」
反応がないのを確認すると、優歌は突然唇の端を上げ、その慵懶で美しい眉目は人の目を釘付けにした。
「ごめんねお兄さん、今日は優歌の誕生日だから、プレゼントが欲しいの」
優歌は目尻を少し上げ、澄んだ瞳は無邪気そうに見えたが、罪悪感のない声でこう続けた。「だからお兄さん——
こっそりお兄さんに甘えちゃうね」
言い終わると。
優歌は思わず男の手を優しく握り、潤んだ薄紅色の唇をその冷たい唇に重ねた。
それは羽毛が湖面を掠めるような、とても軽い触れ合いだった。
優歌が再び顔を上げた時、眉をひそめた。
彼女は独り言を言った。「あまり何も感じないな」
どうしてだろう?
突然。
優歌が握っていた指が、かすかに動いたような気がした。彼女は急いで目を上げ、心臓が激しく鼓動して雑念を全て払い除けた。
しかし、久保時渡は目を覚まさなかった。
それを見て。
優歌の宙づりになっていた心は、ようやく落ち着いた。
「……」
やはり、悪いことをすると、心が落ち着かなくなるものだ。
そこで、後ろめたさを感じた優歌は時渡を起こすこともできず、ただ階段を上がって薄い毛布を取りに行き、男の上にかけてから、静かに階段を上がった。