彼は遠くからその人を見て、数歩追いかけた。
しかし、灰原さんは振り向きもしなかった。
「そうかな?」
灰原優歌は後部座席にだらしなく寄りかかり、その言葉が反問なのか、それとも他の意味なのかわからなかった……
「和田おじさん、今日は先に病院に行きましょう」
灰原優歌は時計を見て、言った。
「かしこまりました、お嬢様」
和田おじさんはすぐに進路を変更し、笑いながら言った。
彼には分かっていた。灰原さんは親孝行な子で、三日に一度は病院に通っていた。
そして途中で。
久保時渡から電話がかかってきた。
「お兄さん?」
灰原優歌は手元の資料をめくりながら、もう一度呼びかけた。
「優歌、授業は終わった?」
男性のその言葉を聞いて、灰原優歌はようやく久保時渡が待っていたことに気付いた。
前回のアーチェリー場から帰ってきてから、男性は不思議と彼女の学業に対する要求が高くなっていた。
「うん。お兄さん、私は今日先に病院に行かなきゃ」
灰原優歌は言った。
床から天井までの窓際に立つ男性は、淡い色の瞳を怠惰に伏せ、背筋を緩めて立っていた。
「柴田お爺さんの回復具合はどう?」
この呼び方を聞いて、灰原優歌は何か違和感を覚えた。
しかし、それでも応答した。「うん、かなり良くなってきたわ」
この数日間、彼女に主神図で遊ぶよう頼んでいた。
「そうか。じゃあ行ってきな。後でお兄さんが迎えに行くから」
「はい」
電話を切った後。
灰原優歌はふと、アーチェリー場の入り口での抱擁を思い出した。
何の感情も込められていない、ごく単純な抱擁だったはずなのに。
でも、なぜか致命的な感覚を覚えた。
灰原優歌の瞳が暗くなった。
そしてこの時。
久保時渡も別の電話を受けた。
柴田裕也からだった。
すぐに。
久保時渡は電話に出て、淡々と尋ねた。「どうした?」
「渡様、最近お時間ありますか?私がご馳走させていただきます」
柴田裕也も車の中で、墨のように気高く端正な眉目に、だらしない笑みを浮かべていた。
「結構だ」
久保時渡はさっと断った。
しかし柴田裕也は真剣に言った。「そんなわけにはいきません。この間、妹の面倒を見ていただいて、何のお礼もしないわけにはいきませんよ!」
それを聞いて。