一瞬。
千田郁夫は眉を上げ、久保時渡がこんなにも率直に尋ねてくるとは思わなかった。
「もちろん少し私用があってね。優歌に聞いてないの?」千田郁夫は思わず口角を上げた。
その言葉には、何となく甘い響きがあった。
徐々に。
久保時渡は足を止めた。
彼が目を上げると、淡い瞳には危険な色が宿っていた。
「千田郁夫」
しかし。
次の瞬間。
久保時渡が言葉を続ける前に、遠くから声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん」
久保時渡が横目を向けると、艶やかで美しすぎる少女が橋の上に立ち、両手を手すりに乗せ、片手で頬杖をつきながら、笑みを浮かべて彼を見ていた。「喉が渇いた」
……
千田郁夫が予想もしなかったことに、灰原優歌がそう言うと、久保時渡は本当に優歌のために水を取りに戻ってしまった。
「初めて見たよ、渡様がここまで誰かを可愛がるなんて」橋から降りてくる灰原優歌を見て、千田郁夫も軽く笑った。