この男は体力がいいな。
こんなに長く走っても、息が上がっている様子もない。
十数分後。
灰原優歌はもう走り続ける忍耐が尽きて、前を行く男の服の裾を掴んだ。
「お兄さん、ご飯に行きましょう」
灰原優歌は長い間研究室に座っているか、教室で寝ているかで、確かにもう付いていけなくなっていた。
「優歌、体力が足りないね。少し休憩して、また走る?」久保時渡は目の前の少女を見つめた。瞳は輝いていて、疲れた様子もなく、頬は健康的なピンク色を帯びているのに、もう止めたがっている。
甘えん坊な子だな。
しかし。
灰原優歌はそれを聞くと、またじっと彼を見つめて、「あなたこそ息切れしてるでしょ」
男は思わず一瞬固まり、その後ゆったりと眉を緩め、細かな笑みと慵懒さを浮かべた。
彼はセクシーな喉仏を動かし、低く笑い声を漏らした。少し掠れていた。
感情を整えてから、久保時渡は彼女に半身を寄せ、磁性のある声で緩やかに、まるで耳元で風を撫でるように、とても艶めかしく言った。「いいよ、じゃあ優歌がもっと近づいてきたら、お兄さんが息を切らして聞かせてあげようか?」
さすがの灰原優歌も、思わず体が強張り、耳根が火傷したかのように熱くなった。
この男は狐の化身か何か??
「あなた」
灰原優歌の艶やかで慵懒な瞳には言い表せない何かが宿っていた。
初めて。
灰原優歌の人生で初めて、言葉に詰まった。
灰原優歌のその表情を見て、男は慵懒な語尾を長く引き延ばし、まるで露骨な誘惑のようだった。
低い声に、魅惑的な磁性が加わり、「優歌は本当に聞きたくないの?」
「……」
灰原優歌は思考が乱れる中、心の中の異様な感情に気付かなかった。
それどころか。
誘惑に負けて情けなくも頷きそうになった。
「ご飯食べに行くわ」
灰原優歌は男を避けて、振り返ることなく前に進んだ。
しばらくして。
リビングに戻ると、灰原優歌は思わず深く息を吸い込んだが、加速した心拍はなかなか落ち着かなかった。
「おかしい」
灰原優歌は思わずつぶやいた。
どうして久保時渡に会うたびに、魔が差すのだろう。
……
永徳。
高校二年七組。
灰原優歌は片手で牛乳を持ち、小指でビニール袋を軽く引っ掛け、もう片方の手でクロワッサンを持って、終始上品な食べ方で歩いていた。