言葉が終わるや否や。
灰原優歌が振り返って何か言おうとする前に、突然ドアの音が聞こえた。
「優歌」
灰原優歌が目を上げると、千田郁夫がドアから入ってくるのが見えた。
傍らの久保時渡がどんな表情をしているのかには気付かなかった。
「どうしてここに?」灰原優歌は少し意外そうだった。
「君の物を忘れてたから」
千田郁夫は持ってきた本を彼女に渡した。
二人の会話を聞いていると、知らない人は二人が私的にとても仲が良いと思うだろう。灰原優歌が本を千田郁夫のところに置き忘れるほどに。
しかしこの時。
灰原優歌は、千田郁夫が手に持っている分厚いコンピュータの本だけに気を取られ、無意識に受け取った。
彼女は「ありがとう」と言った。
千田郁夫は軽く笑って、「この本、表紙を見る限り外国語ばかりで、翻訳もないみたいだね」