東山裕は口元を緩め、彼女の鼻をつまんだ。「君のそういうところが好きだよ」
海野桜は首を傾げた。彼女のどういうところ?
「妻らしいところさ。俺の、東山裕の妻らしいところが」
そう言うと、東山裕は立ち去り、海野桜はベッドに座ったまましばらく呆然としていた。
さっきの彼女の行動は、妻らしかったのだろうか?
海野桜はそのことを考えると、思わず笑みがこぼれた。しかし東山裕が今直面している困難を思うと、笑顔は消えた。
早くこの難局を乗り越えられますように……
東山裕が去った後、海野桜の心も一緒に持っていかれたようだった。
何をしても集中できず、ずっと家で彼の帰りを待っていた。
夕食の時間になっても東山裕は帰ってこなかった。夜が更けても、まだ帰ってこなかった。
しかし彼から電話がかかってきた。海野桜は彼からの電話だと分かると、急いで出た。「もしもし、東山裕」
「まだ寝てないのか?」電話の向こうの男性が低い声で尋ねた。
海野桜は首を振った。「まだよ。いつ帰ってくるの?」
「今夜は帰れそうにない。こちらではまだ調査中で、長くかかりそうだ。早く休んでくれ。明日帰るから」と東山裕は言った。
海野桜は驚いた。「今夜も調査するの?」
「ああ。でも心配するな。今のところ何も見つかっていない」
それはある意味良い知らせで、海野桜は少し安心した。
「でも休息を取ってね。それと、ご飯は食べた?」海野桜は彼が胃の病気を持っていることをいつも気にかけていて、食事をしたかどうかは彼女にとって最も気になる問題だった。
「食べたよ。心配しないで。早く休んで、何も考えないで、心配しないで、いいね?」東山裕は念を押した。
海野桜は笑った。「わかったわ。あなたも体に気をつけてね」
「ああ」東山裕は口元を緩め、一言言って電話を切った。
彼は「妻よ、君が恋しい」と言った。
海野桜は顔を赤らめた。耳元には彼の愛の言葉がまだ残っているようだった。
実は、彼女も彼に言いたかった。彼女も彼が恋しいと……
ほんの少し離れただけなのに、もう恋しくなっていた。
海野桜は東山裕への想いを抱きながら、徐々に眠りについた。しかし、彼女の眠りは安らかではなかった。
翌朝早く、彼女は目を覚ましたが、東山裕はまだ帰っていなかった……