別れましょう

この前例のない冷淡さに、常は強い違和感を覚えたが、粟が家族と仲違いし、業界から締め出されるかもしれないという状況に、ただ気分が悪いだけだろうと考えた。

「美緒から聞いたけど、林監督のバラエティ番組には行かないの?」

「美緒って、あなた彼女とそんなに親しいの?」粟は答えることなく、常が美緒を呼ぶその言い方に反応して、逆に問い返した。

実際、彼女は理解していた。矢崎家の人々、特に美緒は今の自分をただの負け犬だと思っているに違いない。たとえ美緒にチャンスを譲りたくなくても、このまま続けることはできないだろう。

けれど、美緒は不安だったのだろう。だからこそ、常に彼を通して様子を探らせていたのだ。

「粟、美緒のことは本当に妹のように思っているだけなんだ。そんなふうに疑ったり、理不尽なことを言ったりしないでくれ」

また理不尽な言いがかりだ。まるで周りの人たちは、彼女を理不尽だと言いたくて仕方がないようだった。

「彼女には、もう兄なんて十分いるでしょう」粟は返した。

「粟、それは俺を信用していないということだ!」

粟は常からの素早い返信を見て、唇の端に冷たい笑みを浮かべた。やはり、予想を裏切ることはなかった。

前世でも、粟は常と美緒の間に流れる、言葉にできない曖昧な空気に気付いていた。だが、勇気を出して問いただすたびに返ってきたのは、「信用していない」「理不尽だ」という冷たい言葉ばかりだった。

「このバラエティ番組、何があっても私が行くわ」

粟からのメッセージを見た瞬間、常は不快そうに眉をひそめた。

「矢崎家と対立しても、結局は何の得にもならない。林監督に話をして、美緒に番組を譲ったほうが賢明だ。

「家族に対する謝罪のつもりで、やるべきことをやっただけだ。

「君の行動はちょっと行き過ぎだ。家族として、お互いに助け合うことは当たり前のことだろう」

常とのチャットウィンドウに新しいメッセージが次々と表示される。粟は思わず笑ってしまった。どうして彼は、こんなにも平然と謝罪を求めることができるのだろう。

前世では、亜矢のことで粟も美緒が自分の代わりに林監督のバラエティ番組に出ることに対して、断固反対していた。その時、家族との関係もぎくしゃくしていて、常はいつも説得してきた。謝罪をするべきだ、正宗と美登里の健康に気を配れ、家庭の和が何よりも大切だと、何度も繰り返し言ってきた。

あの時、彼女は本気で彼のでたらめを信じてしまっていた。

そして突然、常が彼女の背後でこっそりとこの番組の出演を決めていたことを知った。

番組の中で二人は微妙な雰囲気を漂わせながら、優しい実力派俳優と新進気鋭の女優として、次々にファンを魅了し、良い評判を得ていった。しかし、彼女だけがその中で何一つ得ることなく、むしろ批判を浴びる羽目になった。

彼女と常の密会がスクープされ、常のファンからは、彼女が妖婦で、人気俳優の注目を利用して話題になろうとしていると非難された。その上、第三者として美緒の恋愛に干渉し、常と美緒の関係を壊そうとしていると言われてしまった。美緒もこの状況を利用し、短文で投稿をして、多くのファンの同情を集めることに成功した。

言わば、この二人は彼女を踏み台にして、より多くの注目と資源を手に入れ、最後には彼女を利己的だと非難した。

あの時期、粟はまるで再び地獄に突き落とされたかのように、自己疑念の悪循環に囚われていた。

毎日部屋に引きこもり、どのSNSにもログインする勇気がなかった。ログインすれば待っているのは膨大な罵倒の嵐。心の中で恐怖が広がるばかりだった。そして、彼女の二番目の兄、あの芸能界の敏腕マネージャーですら、彼女のために何一つ広報活動を行わず、世論の炎が燃え広がるのを黙って見ているだけだった。

かつて粟は弘に問いただしたことがあった。しかし弘は、インターネットには記録が残らないと言い、積極的に釈明すれば逆に追い詰められるだけだと冷静に答えた。「沈黙を守ることが潔白を証明する唯一の方法だ」と、彼は言った。

後日、ニュースで矢崎家の一行がイベントに出席する様子を見た粟は、ようやく勇気を出して問いただしに行こうと決心した。しかし、予想もしなかった事態が起きた。誘拐犯により、彼女と美緒が一緒に誘拐されてしまったのだった。

あの冷たい銃が今でも彼女のこめかみに突きつけられているかのように、強烈な恐怖が胸を締め付けていた。

矢崎家には一人分の身代金しかなく、国外に逃げるためには、誰かを人質として残さなければならなかった。それが、彼らにとって唯一の保証だった。

常もまた、矢崎家の人々と同じように、美緒を選び、彼女を誘拐犯の手に委ねた。

混乱の中で、誰かが叫んだ。「警察が来た!」その声に反応して、銃が暴発し、粟の胸を鋭く貫いた。痛みとともに、体が力なく崩れ、押されるようにして冷たい海に落ちていった。

始めから終わりまで、常は一度も粟を見ようとはせず、美緒にだけ目を向け続けていた。

粟は深く思索していたが、ふとその考えを打ち切った。

常は粟が長時間返信しないことに焦り、無意識にクエスチョンマークのスタンプを送った。

粟はそのスタンプセットが美緒のお気に入りだったことを覚えていた。

「常、私たち別れましょう」

常は粟の突然の別れ話に驚き、しばらく言葉を失った。

反応を取り戻すと、すぐに粟に電話をかけた。

粟は電話に出ず、ただ再びメッセージを送った。

「美緒が好きなら、彼女だけを大切にして。二股をかけないで。イメージが崩れるわよ」

メッセージを送信すると、粟は常のすべての連絡先をブロックして削除し、かつて彼女の心の中にあった彼の輝かしいイメージもろとも、すべてを葬り去った。