幸い、近くにいた一馬が彼女の腕をつかみ、危険な場所から引き離した。
その車は明らかにカメラの存在を意識しており、粟が立っていた場所に近づくと、急ハンドルを切って停止した。
粟は、自分の足跡のすぐそばに残されたタイヤの跡を見て、背筋が凍る思いがした。
車のドアが開き、白いワンピースに白い小さなヒールを履いた美緒が車から降りた。彼女は素早く粟の方へ駆け寄り、申し訳なさそうで、どこか心配そうな表情を浮かべていた。
「粟、大丈夫?本当にごめんなさい。私、まだ運転に慣れてなくて…怪我してない?全部私が悪いの。私、ほんとバカだから」
美緒は目を赤くしながら、自分の頭をぽんぽんと叩きつつ言った。その姿は、まるで悪いことをして叱られた子どものように、自責の念に駆られていた。
「運転に慣れていないなら、自分で運転して来るべきじゃない。知らない人が見たら、殺人未遂だと思われるわよ」粟は冷ややかに鼻を鳴らし、一歩後ろへ下がってそう言った。
美緒はその言葉を聞いた瞬間、表情をこわばらせた。そして次の瞬間、大粒の涙が頬を伝い、口元まで流れ落ちた。
「ごめんなさい…私、本当にバカだった。番組のスタッフに運転してもらえばよかったのに…ごめんなさい、どうか、私を叩いてください」そう言いながら、美緒は粟の手を掴もうとした。
粟は呆然としながら、慌てて手を引っ込めた。この人、バカキャラでも演じてるつもりなの?
「自分がバカだって分かってるなら、俺たちから離れろよ。人に迷惑をかけるな」粟が何か言おうとしたその時、傍にいた一馬が先に口を開いた。
美緒は声のする方を向き、その場で動けなくなった。一馬のことは、もちろん知っていた。
彼女はさっきまで粟のことばかり気にしていた。そして、車で脅かしたのも確かに故意だった。粟が枠を素直に譲ってくれなかったから、十八年も姿を消していた女が突然戻ってきたからだ。
しかし今、一馬がこの番組の出演者だと気づき、粟のことは一時的に頭から消えた。
以前、紫音が一馬と契約を結ぼうとしたとき、長い交渉はうまくいかなかった。そこで色仕掛けを使おうとしたが、結果的に一馬に恥をかかされた。それでも、そんな扱いを受けたにもかかわらず、彼女の心はその男から離れられなかった。
美緒はその場に立ち尽くし、涙を浮かべながら恍惚とした表情で一馬を見つめ、頬を赤らめていた。
本来主役であるはずの粟は、今や傍観者となっていた。
美緒の様子を見て、彼女はすぐにそれを察した。この二人の間には、何かがあったのだ。
一馬も当然、美緒の露骨な視線を感じ取り、背筋が凍る思いで急いで横へ移動し、美緒の視界から外れた。
この女の厚かましさについては、彼は十分に理解していた。距離を置けるなら、必ず置くべきだと。
彼の行動に、美緒はようやく我に返った。
自分の失態に気づいた美緒は、急いでカメラがこの場面を撮影していないか確認し、顔がずっとカメラに背を向けていたことを確認して、やっと安堵のため息をついた。
続いて、美緒は優しい笑顔を浮かべ、一馬に柔らかく挨拶をした。それを見た粟は、鳥肌が立った。
このような小さな出来事で、美緒が先ほど車で粟を轢きそうになった件は、自然に流れていった。
粟も追及しなかった。結局、実際には轢かれなかったし、もしカメラの前で美緒を殴れば、それこそ美緒の思う壺だと考えたからだ。
しばらくすると、他の出演者たちが次々と到着した。
人気女性アイドルグループのメンバー、森田喜美子(もりた きみこ)。人気若手俳優の伊藤卓(いとう あきら)。トップ女優の岡田真理子(おかだ まりこ)。
三人は到着後、それぞれ丁寧に全員と挨拶を交わしたが、一馬に対しては特に慎重だった。
喜美子は明るく活発で、通常の挨拶を終えると、粟とずっと話をしていた。粟が有名な芸能人でないことも気にせず、彼女の言葉によれば、粟は彼女の好みにぴったり合っているとのことだった。
元々人見知りする性格の粟も、喜美子の親しみやすい性格に次第に打ち解け、会話を楽しむようになった。
一方、真理子と美緒は一緒にいて、二人は以前共演したことがあり、親しいのも当然だった。
卓は、女性たちの会話に入れず、男性は一馬しかいないことに気づくと、積極的に一馬と話すくらいなら、立ち尽くして木の杭になる方がましだと思っていた。