今日、矢崎粟は早めに休んでいたが、真夜中に庭から聞こえた嘔吐の音で目が覚めた。
外に出てみると、矢崎若菜がゴミ箱を抱えて庭の石のベンチに座り、激しく吐いていた。やっと吐き終わって数秒も経たないうちに、また空嘔吐を始めた。
矢崎粟は静かに矢崎若菜の繰り返される嘔吐を見ていたが、最後にはその騒がしさに耐えかね、近寄って矢崎若菜の右手に触れ、脈を診た。
「食べてはいけないものを食べたのね。軽い食中毒よ」矢崎粟の声は静かだった。
突然の声と手首の感触に、嘔吐に集中していた矢崎若菜は驚いた。
普段なら、矢崎若菜は必ず大声で叱りつけていただろう。しかし今は何故か、矢崎粟の美しいが無表情な顔を見ていると、叱りつける言葉が出てこなかった。
「ありがとう」最後に矢崎若菜は珍しく矢崎粟に礼を言った。
矢崎粟は彼の礼に特別な反応を示さず、ただ適当に頷いて尋ねた。「今日何を食べたの?」
矢崎若菜は少し考えてから、素直に答えた。「今夜、美緒がキノコと鶏肉の炒め物を作ったんだ」
「キノコ……」矢崎粟は眉をひそめて考え込んだ。「残りの料理はどうしたの?」
「捨てたよ。味があまり良くなくて僕だけが少し食べただけで、とても全部は食べられなかった」矢崎若菜は正直に答えた。
キッチンのゴミは毎日番組スタッフが撮影終了後に一括処理していて、今頃はもうゴミ収集車で運ばれてしまっているだろう。
矢崎粟はため息をついた。「村の医務室まで一緒に行きましょう」
矢崎若菜は頷いて立ち上がろうとしたが、危うく転んで石のテーブルに打ち付けそうになった。
「力が入らない……」この突然の出来事に矢崎若菜は少し困惑した。
矢崎粟は哀れそうな矢崎若菜を見ていたが、彼を助けようという気持ちはあまりなかった。彼女にできることは、ただ矢崎若菜と一緒に医務室まで付き添うことだけだった。
彼女は兄の矢崎泰以外の矢崎家の者に思いやりや助けを与えたくなかった。
「俺が」
哀れそうな矢崎若菜と無表情な矢崎粟が膠着状態にある時、力強い腕が矢崎若菜を引き上げ、そして背負い上げた。
突然体が宙に浮いて矢崎若菜は驚き、相手の首にしっかりと腕を回した。
突然自分を背負った人が誰か分かると、矢崎若菜は少し怒って声を潜めて言った。「小島一馬、何してるんだ!」