216 筆跡が見えない

しかし川上夕子は忘れていた、ノートは鉛筆で書かれていたことを。

こうして消しゴムで消した後、ノート全体が黒くなり、鉛筆の跡が全て混ざり合って灰色の汚れとなってしまった。

上の文字は全て滲んで、さらに読めなくなった。

何が書かれていたのか全く分からない。

普通の人なら、手で擦った後でも、鉛筆の跡が少しは残るはずだった。

しかし今日の川上夕子は特に不運で、一度擦っただけで全ての文字が不鮮明になってしまった。

川上夕子はノートを光にかざして見たが、番号は一つも読み取れなかった。

彼女は一瞬頭が真っ白になり、この現実を受け入れることができなかった。

そして会場ではオークションが正式に始まり、多くの企業が入札を始めていたが、川上夕子は数秒間呆然とした後、すぐに立ち上がってオークション会場を飛び出した。

展示会場にもう一度行って、記憶を頼りに骨董品を探し出そうと思った。

川上夕子は会場内で最も注目を集める人物の一人だった。

彼女がオークション会場から走り出る様子を多くの人が目撃し、何が起きたのかと様々な憶測が飛び交った。

オークション中に会場を出ることは許可されており、骨董品の購入を迷っている人は途中で出て再確認することもあった。

しかし川上夕子のように、開始直後に飛び出す人は珍しかった。

川上家の者たちは川上夕子がオークション会場を離れたのを見て、次々と席を立ち、慌ててオークション会場の外へ走っていった。

川上燕だけが元の場所に残っていた。

彼女はこれまでいつも胸に大きな石が乗っているような重圧を感じていたが、たった今、その感覚が消えた。体が今までにない軽やかさと心地よさを感じていた。

川上燕は当然、運気が自分に戻ってきて、正常な状態に戻ったのだと察した。

思わず後ろを振り返り、矢崎粟を見た。

矢崎粟は彼女にそっと微笑みかけ、その表情は明るく陽気で、とても温かく、全身が光を放っているようだった。

川上燕は思わず目が潤んだが、必死に涙をこらえた。

矢崎粟は頭を下げ、スマートフォンを打っていた。

川上燕も頭を下げて携帯のメッセージ画面を見た。