770 被害者

「あなたには実の親がいるのよ。私が年を取ったら、誰に孝行するかわからないわね!」

小林美登里は冷ややかに鼻を鳴らし、目に嫉妬の色が浮かんでいた。

本来なら彼女こそが矢崎美緒の唯一の頼りだったのに、今考えてみれば、彼女は養母に過ぎず、矢崎美緒と実の両親との血のつながりには及ばないのは当然だった。

矢崎美緒はそれを聞いて、心が軽くなった。

小林美登里がそう言うなら、彼女は孝行という事を気にかけているということだ。

矢崎美緒は手を伸ばして小林美登里の手を掴み、哀れっぽく言った:「お母さん、あなたこそ私の唯一の親なの。私と堀首席は今日初めて親子関係を知っただけで、私たち二人には何の関係もないわ。あなたこそ私の実の母で、これからはあなただけに孝行するわ。」

この言葉は小林美登里の心に響いた。

彼女が望んでいたのは誰かに孝行してもらうことだけだった。矢崎粟の性格があまりにも強情なら、矢崎美緒は良い代替品となる。

「あなたのお父さんさえいなければ、私と粟はこんなに長く離れ離れになることはなかったのに。どうしてあなたを置いておけるというの?」小林美登里は困ったふりをして言った。

彼女は矢崎美緒を簡単に自分の元に戻すわけにはいかない。そうすることで、矢崎美緒にこれからの生活を大切にさせることができる。

矢崎美緒は小林美登里の手を握り続け、涙をポロポロと流しながら言った:「お母さん、私も被害者なのよ。あの時堀首席がしたことなんて、私は何も知らなかった。今日彼が話してくれなければ、私は一生知ることもなかったわ。」

彼女は小林美登里の態度が軟化してきているのを見て取った。

小林美登里と一緒にこの芝居を演じ切れば、きっと彼女は自分の願いを聞き入れてくれるはずだ。

「そうね、あなたの言う通りよ。」小林美登里は頷き、感慨深げな表情を浮かべた。

あの時、矢崎美緒はまだ幼く、養護施設から引き取った時は純真で、何をするにも無邪気だった。あの年齢で何がわかったというの?