もともと林家の親戚がなぜ帰りそうな様子なのかと不思議に思っていた坂本の両親は、この光景を目の当たりにして唖然とし、坂本おばあさまに至っては立ち上がってしまった。
坂本加奈は会場の四方八方から注がれる視線を感じながらも、愛らしい顔には何の感情の揺らぎも見せず、むしろ横目で並外れて端正な黒川浩二の姿を盗み見た時、心臓の鼓動が制御不能になったように激しくなった。
仕方がない、この男性は生まれながらにして人の心を乱す顔立ちをしているのだ。結婚式を正常に進行させるため、坂本加奈は目を伏せ、もう彼を見ないと決めた。
坂本おばあさまの体調の関係で、結婚式の進行は大幅に簡略化され、プロポーズも、心からの告白も、立会人のスピーチもなかった。
簡単な宣誓と指輪の交換の後、司会者はマイクを持って言った。「新郎様、花嫁にキスをしてください」
坂本加奈と黒川浩二は共に一瞬固まった。先ほど司会者と打ち合わせた際、このステップを省くように言い忘れていたのだ。
今どうすればいいの?
彼は私にキスするの?
でもこれは私のファーストキスなのに!
でも彼がキスしなかったら、おばあさまが目の前にいるのに、もしかして…
加奈が混乱していると、目の前の男性が突然一歩前に出て、温かい大きな手でベールを上げることなく、ベールごと彼女の頬を包んだ。
温かい手のひらにしっかりと頬を包まれ、その熱で加奈の頬も火照り始めた。
目を丸くして、男性が顔を近づけ、唇が降りてくるのを見つめた…
目の前が影に覆われ、呼吸が一瞬交わり、坂本加奈は完全に呆然として、頭の中が真っ白になった。
そしてこの瞬間、電話を受けて戻ってきた坂本颯真はこの光景を目にすると、顔色を鍋底のように真っ黒にして、歯を噛みしめた。
くそっ!黒川浩二、俺がお前を殺してやる!!!
…
坂本家。
坂本おばあさまは濃紺のチャイナドレスを着てソファに座り、病気のせいで骨と皮ばかりになった体で、深い眼差しで隣に座る黒川浩二を見つめていた。
坂本加奈は彼女の腕を抱き、優しく言った。「おばあさま、ごめんなさい…私は翔平と結婚できないわ。だって私が好きな人は…」
そして言葉を途切り、横目で隣の落ち着いた表情の男性を見て、思い切って言った。「黒川浩二さんなの」
おばあさまに自分が黒川浩二を好きだと信じてもらえれば、安心してもらえるはずだ。
坂本おばあさまは視線を戻した。坂本加奈を見る目は慈愛に満ちていたが、半信半疑で尋ねた。「本当に彼のことが好きなの?いつ知り合ったの?私は全然知らなかったわ」
「私たちはずっと前から知り合いなの」加奈は答え、信じてもらえないことを恐れて付け加えた。「お兄ちゃんの友達で、お兄ちゃんが紹介してくれたのよ。信じられないなら、お兄ちゃんに聞いてみて」
「坂本颯真!」坂本おばあさまは病気でも声に力が込もっていた。そして颯真を見る目は鋭さを取り戻していた。
黒川浩二をどうやって始末しようかと考えていた颯真は突然おばあさまに名指しされ、即座に顔を上げて取り繕った表情を浮かべた。「おばあさま…」
「加奈の言うことは本当なの?」坂本おばあさまは尋ねた。
颯真は意味深な目で坂本加奈をちらっと見た。加奈は懇願するような目で彼を見つめ、この嘘に付き合ってほしいと訴えかけた。
「そうだよ、おばあさま!」坂本颯真は渋々彼女の嘘に付き合った。「二人は僕が紹介したんだ。加奈は林のバカと…」
言い間違いに気づき、すぐに言い直した。「林翔平さんと婚約していたけど、好きでもない人と一緒にいさせるより、好きな人と結婚させて一生幸せに暮らす方がいいと思うんだ」
坂本おばあさまはこの言葉を聞いても半信半疑で、黒川浩二の方を向いて、厳しい口調で言った。「黒川さん、あなたは本当に私たちの加奈のことが好きなの?」