一瞬黙り込み、唇を噛んで、小声で「分かりました」と言った。
黒川浩二は何も言わず、スーツのズボンに包まれた長い脚で出口へと向かった。
二歩進んで坂本加奈が付いてこないことに気づき、振り返って彼女を見た。「まだ来ないのか?」
静かな声で、感情は見られなかった。
坂本加奈は我に返り、「あ」と声を上げて急いで彼に追いつき、彼の完璧な横顔に目を向けながら、「黒川さん、今夜はありがとうございました」と言った。
黒川浩二は横目で彼女を一瞥し、月明かりの中で春の気配が漂う中、すぐに視線を戻し、そっけなく「ん」と返事をした。
「黒川さんも、バーで遊ぶのがお好きなんですか?」
「友人の顔を立てただけだ」黒川浩二は足を止め、夜の闇の中で冷たい表情を浮かべながら、薄い唇を開いて言った。「君のおかげで、彼は今警察署に行くことになった」
「あ……」坂本加奈は小さな頭を下げ、おとなしく謝った。「すみません」
黒川浩二は目を伏せ、それ以上何も言わなかった。
バーの入り口には黒いベントレーが停まっており、運転手は彼らが出てくるのを見るとすぐに降りてドアを開けた。
坂本加奈が身を屈めて車に乗り込もうとした時、黒川浩二が突然「待って」と声をかけた。
坂本加奈は動きを止め、自分に向かって歩いてくる男性を振り返った。彼がスーツのボタンを外し、黒いスーツを脱いで彼女の肩にかけるのを見た。
厚手のスーツが瞬時に彼女を包み込み、かすかな木の香りが漂った。
坂本加奈は不思議そうに大きな目を瞬かせた。「寒くないです」
黒川浩二の瞳は黒く深く、冷たい声で命令するような口調で言った。「これからはこんな格好でバーに行くな」
坂本加奈は自分の服装を見下ろした。午後に買い物に行った時、蘭が特別に選んでくれた黒のキャミソールドレスで、すらりとした白い脚が露わになっていた。とても素敵なはずなのに。
「どうしてですか?」
黒川浩二は剣のような眉を寄せ、疑わしげな目で彼女を見た。本当に分からないのか、それとも知らないふりをしているのか?
坂本加奈は澄んだ潤んだ大きな目で無邪気に彼を見つめ、眉間にかすかな疑問の色を浮かべていた。
黒川浩二はゆっくりと身を屈め、わざと彼女の耳元で、極めて低く緩やかな声で言った。「男が見たら、君を犯したくなるからだ」
低い声と熱い息が耳に届き、坂本加奈の心は何かに焼かれたように、オジギソウのように縮こまった。彼の完璧な横顔を見つめ、思わず口走った。「あなたも私を犯したいんですか?」
黒川浩二:「……」
…………
深夜、坂本加奈は柔らかいベッドに横たわり、天井を見つめながらぼんやりとしていた。時々ため息をつく。
部屋にはフロアランプが灯っており、体を横に向けるとハンガーにかかったスーツが目に入った。車に乗ってからの光景が脳裏に浮かんだ。
黒川浩二は目を閉じて休んでおり、道中一言も自分に話しかけなかった。車から降りる時さえ、自分を見ることなく直接上階へ行ってしまった。
黒川浩二はどんな人か、どんな女性を見てきたことか。自分になんて気持ちを持つはずがない。
親切に注意してくれたのは、ただ兄の面子を立てただけだ。
どうして彼の前に行くと馬鹿になってしまうんだろう。あんな馬鹿な言葉を言ってしまうなんてQAQ
ベッドの上でさらに30分もだえ苦しんだ後、坂本加奈は諦めて起き上がり、そっと階下へ降りてキッチンへ向かった。
彼女には習慣があった。眠れない時は料理をする。料理をすると全ての煩わしい思考を忘れ、心を空っぽにして、ただ料理をする喜びに浸ることができた。
窓の外の夜空は薄められた墨のように徐々に白みを帯びていったが、キッチンにいる坂本加奈はそれに気づかず、料理を続けていた。
「何をしているんだ?」
背後から突然聞こえた冷たい声に坂本加奈は驚いて飛び上がった。振り返ると、キッチンの入り口に立つ黒川浩二の姿があった。白いスポーツウェア姿で、白いメッシュのスポーツシューズを履き、顔を洗ったばかりで、こめかみの髪にまだ水滴が付いていた。
普段のスーツ姿の威厳に比べ、今は何となくカジュアルで気さくな印象だった。
坂本加奈は心を落ち着かせ、礼儀正しく「おはようございます、黒川さん」と挨拶した。
黒川浩二は軽く頷き、調理台に視線を向けた。「一晩中寝てないのか?」
彼女の前の小鉢にはカニみそが山積みにされ、隣の皿にはカニ肉が、そしてゴミ箱にはカニの殻が山のように積まれていた。