第037章：彼に抵抗の余地を与えない

「えっと……」坂本加奈は一瞬固まり、どう答えればいいのか分からなくなった。

家族の前では黒川さんとは呼べないけど、じゃあ何て呼べばいいのだろう？

黒川浩二は背筋をピンと伸ばしたまま立ち尽くし、焦る様子もなく、黒い瞳は静かで、とても忍耐強そうだった。

むしろ横にいた藤沢蒼汰が我慢できずに小声で促した。「名前よ、黒川社長の名前を呼んで！」

まさに、当事者よりも周りが焦るとはこのことだ！

坂本加奈は我に返り、夜風に揺れる長いまつ毛の下から彼の深い瞳を見つめると、なぜか緊張してきて、唇を軽く噛んで、柔らかく優しい声で一字一字はっきりと、「黒、川、浩、二……」

薄暗がりの中、黒川浩二は気づかれないほど微かに唇を緩め、低い声で「ああ」と応えた。

黒川浩二、黒川浩二……

坂本加奈は心の中で何度も繰り返した。この三文字には魔力があるかのように、彼女の心に暖かい流れを注ぎ込み、心臓を包み込んでいった。