「外は雨が降っているけど、どこへ行くの?」上野美里は心配そうに尋ねた。
坂本加奈は彼らを心配させたくなかったので、笑顔を作って答えた。「前に描いていた絵がまだ完成していないことを思い出したの。戻って仕上げないと。」
上野美里は、この大雨の中で帰らせるのが心配だった。「そんなに急ぐの?雨が止むまで待てない?」
「今、インスピレーションが湧いているの。」坂本加奈は彼女の腕に寄り添い、甘えた声で言った。「気をつけて帰るから。」
「子供が帰りたいなら帰らせてあげなさい。安全に気をつければいいだけだよ。」坂本健司は妻に目配せをした。
上野美里はため息をついて、「わかったわ。でも、運転には気をつけてね。」
坂本加奈は頷いた。「わかってる!お父さん、お母さん、じゃあね。」
彼女は傘を差して外に出た。配車サービスの車が既に玄関に到着していた。
上野美里は娘が車に乗り込むのを見送ってから、夫を横目で見た。「さっきどうして加奈を引き止めさせなかったの?外はこんなに大雨で、危ないじゃない。」
坂本健司は口角を引きつらせて、「あなたも女性なのに、加奈が絵を描きに帰るわけないってわからないの?」
「じゃあ、何で急いで帰るの?」上野美里はまだ状況を理解していなかった。
「新婚さんだよ。ラブラブなんだから、何しに急いで帰るか分かるでしょう?」坂本健司は目に軽蔑の色を浮かべて、「あなたは僕よりも男のくせに繊細じゃないな!」
上野美里は彼の腕をつねった。「何て言い方するの!」
「痛っ!」坂本健司は息を飲んだが、すぐに笑顔で許しを請うた。「奥様、お許しを!」
「ふん!」上野美里は彼を一瞥し、娘の気持ちを思い出して首を振りながら笑った。「本当に娘は大きくなったわね。半日も離れられないなんて...」
「娘のことを言える立場じゃないでしょう。あの頃のあなただって...」
上野美里が振り向いて彼を見た。
坂本健司は即座に黙り込んだ。
***
坂本加奈は車に乗るなり西村雄一郎に電話をかけた。
電話が繋がると、向こう側から西村雄一郎の不確かな声が聞こえた。「坂本...加奈?」
この前の一件以来、彼が坂本加奈にメッセージを送っても返信がなく、電話もつながらなかった。
彼は坂本加奈が怒っていて、もう自分と関わりたくないのだと思っていた。