「西村美香の事件にはまだ疑問点が残っているが、私は事件記録を10回近く見直したのに、確実な証拠は見つからなかった」
三橋修二は両手でハンドルを握り、前方をまっすぐ見つめながら、事件の話になると思わず真剣になってしまう。
「でもこの事件はもう終わったでしょう」海野千紗は紅い唇に笑みを浮かべながら言った。「裁判官も判決を下したのに、まさか西村美香の再審を求めるつもりじゃないでしょうね?」
「そこまでするつもりはない!」三橋修二は横目で彼女を見た。「ここは墨都だ。藤沢市じゃない。私の管轄外だ!それに西村美香は確かに誘拐を教唆し、殺人未遂を企てた」
警察官として事件を徹底的に調べ上げ、明確にすることは職業病だ。直せないし、直す気もない。
「黒川奥様は純粋ですが、私には複雑な印象を与えます」海野千紗は濃い睫毛の下の輝く瞳に深い思考の色が浮かんだ。
三橋修二は眉を上げた。「へぇ?どういうこと?」
海野千紗は横目で彼を見た。「もう関わらないって言ったじゃない?」
「関わらないのは関わらないけど、奥さんとおしゃべりするくらいいいだろう!」
海野千紗の唇の笑みが深くなり、しばらく考えてからゆっくりと口を開いた。「彼女の目は澄んでいて、誰かを避けることなく話をする。それは心に曇りがないということ。でもあなたの言う通りなら、私の推測では...彼女には人を害する心はなく、求めているのは自己防衛か、愛する人を守ることだけだと思います!」
私が以前そうだったように!
三橋修二は彼女の言葉の裏にある意味を理解したかのように、彼女の柔らかい手を握った。「この事件はここまでだ。もう二度と聞かないよ」
警察官として知らないほうがいいこともある。
この世の中は複雑で、白黒はっきりしているわけではない。警察官として触れることのできないグレーゾーンもたくさんある。だが善意には逃げ道を残しておかなければならない。
***
坂本加奈が部屋に戻ると、リビングには黒川浩二の姿がなかった。
執事が彼女に告げた。「旦那様は書斎にいらっしゃいます。少し一人になりたいとおっしゃっていました」
坂本加奈は頷いて、書斎には行かなかった。
これほど長い年月を経て美月の死の真相を知り、彼の心は必ず苦しんでいるはずだ。考えを整理する時間が必要なのだろう。