森口花は目を引き締め、反射的に彼女の腕を掴んだ。「詩織……」
黒川詩織は、どこからそんな力が出てきたのか、瞬時に彼の手を振り払った。
彼を見上げた時、その眼差しは死んだ水のように静かで、ヒステリックな泣き叫びも怒りも見せなかった。
あるのは心が灰のように死んでしまった後の無関心と、まるで他人を見るような冷たさだけだった。
森口花は心の中で不安を覚え、彼女を掴もうとしたが、黒川詩織は振り返りもせずに警察官と一緒に立ち去った。
彼女の細くて寂しい後ろ姿が決然と去っていくのを見て、森口花は心の中である直感を感じた。詩織を失うことになるのだと。
手術室で横たわる松岡菜穂と、彼の妻。まるで彼を二つに引き裂くかのようだった。
長い間迷った末、結局彼は追いかけることをせず、携帯を取り出して秘書に電話をかけた。「黒川社長に連絡してください。詩織が警察署にいます。」
黒川浩二がいれば、詩織は大丈夫なはずだ。
今一番心配なのは松岡菜穂だ。彼女に何かあったら、詩織は……
本当は怒るべきなのに、それでも心配せずにはいられない。普段から甘やかしすぎたせいで、こんなことをしでかしたのだ。
***
黒川詩織は取り調べに連れて行かれ、その夜起こったことを詳細に話した。
どうして松岡菜穂と衝突してしまったのか、自分でもわからなかったが、計画的な殺人ではない。自分の責任ではないことは、絶対に認めるわけにはいかなかった。
警察は記録を取り、黒川詩織にアルコール検査を行い、飲酒運転ではないことを確認した。事故か故意かについては、さらなる調査が必要だった。
黒川詩織は一時的に拘留される必要はなかったが、墨都を離れることはできなかった。
取調室を出ると、ドアの前に立っている黒川浩二と、黒川グループの弁護士チームが目に入った。
前回のように崩れて泣くこともなく、彼の胸に飛び込むこともせず、ただ淡々と「お兄さん」と呼びかけた。
黒川浩二はすべてを知っているかのように、落ち着いた声で言った。「先に帰ろう。」
黒川詩織は頷き、警察官にお礼を言ってから、黒川浩二と車に乗った。
道中は静かで、車が月見荘の前に停まるまで続いた。
黒川浩二は横を向いて言った。「加奈が心配している。しばらくここに住んで、彼女が両方を行き来する必要がないようにしよう。」
「はい。」