第614章：愛とは成就すること

黒川詩織は瞳を僅かに縮めた。「遺言？」

田中静佳は頷いた。「彼は人生は無常だから、いつ死ぬかわからない。後事を整理する時間がないかもしれないから、前もって準備したと言いました。でも私には分かっています...彼はもう生きる希望を捨てたのだと」

もしかしたら、いつか死を求めるかもしれない。

ウェイターがホットラテを運んできた。

黒川詩織はカップを手に取り、そっと一口啜った。横を向いて病院の入り口を眺めると、人々が行き交っていた。

退院する人もいれば、診察を受けに来る人もいて、人生の百態が映し出されていた。

「田中秘書、私だって普通の人間です。恩を仇で返すようなことはできません」

田中静佳は彼女の言葉の意味を理解し、目が暗くなった。しばらく沈黙した後、低い声で言った。「あなたと森口社長と松岡お嬢様の間で何があったのか、詳しくは知りませんが、夫婦として過ごした時間があったのだから、森口社長にはまったく誠意がなかったとは思えません。二人の間に幸せな時間が一つもなかったとは思えないのです。本当に苦痛と傷つけ合いだけが残っているのでしょうか？」

黒川詩織は黙り込み、伏せた睫毛が瞳の奥に一瞬よぎった哀しみを隠した。

かつて森口花が与えてくれた幸せがあまりにも大きかったからこそ、真実を知った時の苦痛は天地を覆すような災いとなり、彼女の精神世界を直接破壊してしまったのだ。

「私は森口社長のことを百パーセント理解しているとは言えませんが、3年間そばで働いてきて、確信できることがあります。彼の心の中で愛しているのはあなたであって、松岡お嬢様ではないということです。彼には何か言えない事情があって、松岡お嬢様の横暴を許し、あなたを傷つけてしまったのだと思います。でも今は目が覚めたのです。昔の縁を考えてでも、彼に会いに行ってください。たとえビジネスパートナーとして、形式的な言葉を交わすだけでも」

黒川詩織はゆっくりと目を上げ、意味深な眼差しを向けた。「田中秘書、あなたは森口花のことが好きなのですね」

田中静佳は彼女が予想したような動揺や不安を見せず、むしろ落ち着いた様子で、静かな目で見つめ返してきた。

「黒川社長、森口社長は分別のない部下を好みません。もし私が彼に対して余計な感情を抱いていたら、今まで私を置いておくことはなかったでしょう」