子犬が彼に向かって「ワン!」と吠えた。
井上邦夫は子犬を地面に下ろして言った。「それを承諾したと思うよ。これからはお前は俺の息子だ。あの娘を追いかけるのを手伝ってくれたら、パパが世界で一番いい、一番高い犬のエサをあげるからね!」
子犬は鼻を鳴らしながら、新しい領地を歩き回って嗅ぎ、この新しい家を探検していた。
橋本拓海から電話がかかってきた。「もしもし、チャンスは見つかった?」
井上邦夫は得意げに言った。「天の助けだよ!車を降りたとたんに彼女に会えたんだ。へへ、順調な滑り出しだぜ、兄弟!」
橋本拓海も喜んで言った。「進展があったら、必ず紹介してくれよ。彼女を通じてしか、あの天才監督に会えないんだからさ!」
井上邦夫は兄弟からの助けは断らないが、兄弟からの頼みごとは、状況次第というところだった。
二見奈津子は少し緊張しながら佐々木和利の傍に立ち、手に花束を抱えて、出口の方を見つめていた。
佐々木和利は横目で彼女を見て、軽く咳払いをしながら言った。「お爺さんが出てきたら、君は私の腕に手を回して、親密そうにしていてくれ。お爺さんが喜ぶから」
「はい」二見奈津子は素直に従い、片手で花束を抱え、もう片方の手で佐々木和利の腕に手を回した。
二人の後ろに立っている長谷川透は、社長の今日のスーツのボタンまでが笑っているように感じた。佐々木家の誰が帰ってきても、社長がこんなに上機嫌で出迎えたことはないだろう。つまり、誰が帰ってくるかは重要ではなく、彼の隣に誰が立っているかが重要なのだ。
長谷川透は佐々木家の兄弟と一緒に育ったので、佐々木家には情に厚い男が出ることを知っていた。佐々木家の兄弟は幼い頃から美色に惑わされてはいけないと注意されていたが、佐々木家の長男もそれほど立派ではなかった。目の前のこの人も―今にも陥落しそうだった。
長谷川透は胸を張って、面白い展開を見る準備をした。
「常盤さん!」後ろから驚きの声が聞こえ、長谷川透が振り返ると、急いでやってきた二見家の者たちが目に入った。
数歩離れた佐々木和利と二見奈津子も振り返った。
佐々木和利と長谷川透は思わず眉をひそめ、視線を交わした。長谷川透は表情を曇らせた。部下の管理が甘かったようだ。社長のスケジュールを漏らすなんて!
「二見社長」長谷川透は極めて形式的に挨拶した。