079 夕食

井上邦夫が自分を犬と比べるのを聞いて、藤原美月は思わず笑った。「今帰ってきたの?」

井上邦夫はため息をついた。「そうなんだ。飛行機を降りてすぐに戻ってきたんだ。瑞希ちゃんが迷惑をかけていないか心配で仕方なかったけど、連絡先を知らなくて。バーに行ったら、ここ数日来ていないって言われて、電話番号は教えてもらったんだけど、忙しいかもしれないし、時差もあるから、我慢して電話しなかったんだ」

井上邦夫の自然な説明に、藤原美月の心が不思議と揺れた。

今まで誰一人として、こんなに詳しく何かを説明してくれる人はいなかった。

以前あの人と一緒にいた時は、彼は自分の予定を報告することも、行動を説明することもなく、半月も姿を消しても、一言の説明もなかった。

説明されることで、藤原美月は尊重され、大切にされているような感覚を覚えた。

「じゃあ、ご飯は食べた?」藤原美月は思わず口にした。

井上邦夫は首を振った。「まだだよ。機内食がまずくて、一口も食べられなかった」

その不満げな口調は、瑞希ちゃんが遊び疲れて抱っこをせがむ時の表情にそっくりだった。

「じゃあ、麺でも作ろうか」藤原美月はごく自然に言った。

井上邦夫はソファーに広げられたファイルに目をやり、笑って言った。「いいよ、いいよ。仕事を続けて。キッチンを借りて自分で作るから」

藤原美月は驚いた。

井上邦夫は言った。「もう少しここにいて、瑞希ちゃんと仲良くなりたいんだ。いきなり連れて帰ると慣れないかもしれないから」

井上邦夫の手の中で暴れ始めた瑞希ちゃんを見ながら、藤原美月は笑って頷いた。「いいわよ。少し遊んでいって。この子は変わった性格で、会社では美人のお姉さんにしか懐かないの。若い男性には全然なつかないのよ!」

井上邦夫はそれを聞いて、瑞希ちゃんの頭を軽く叩いた。「やっぱり君は浮気者の犬だったんだな。ふん!証明されちゃったね?」

井上邦夫はソファーの上のファイルを顎でしゃくって言った。「仕事を続けて。キッチンを借りて麺を作るよ」

藤原美月は彼をキッチンに案内し、説明しようとしたが、井上邦夫は既に「自分でやるから、仕事の邪魔をしないように」と言った。

井上邦夫の誠実さと率直さに、藤原美月は好感を持ち、「わかったわ。ご自由に」と言った。