二人は後部座席に座った。井上邦夫は藤原美月が気分が悪くなることを心配していたからだ。
藤原美月は微笑んで言った。「あなたの車に吐くことはないわ」
井上邦夫は言った。「吐いても構わないよ。洗車すれば済むことだから」
藤原美月は一瞬固まった。
以前、彼女が重い風邪を引いた時、彼が唯一一度だけ病院に連れて行ってくれた。正確に言えば、途中で病院まで送ってくれただけだった。具合が悪くて車の中で吐いてしまった時、彼の表情は一気に曇った。そのことで藤原美月は長い間後ろめたい思いをしていた。
でも今日、ある男性が「吐いても大丈夫、洗車すればいいだけ」と言ってくれた。
なぜ男性と男性の間でこんなにも大きな違いがあるのだろう?
藤原美月は少し呆然としていた。
「まだ気分が悪いの?病院で薬をもらってきた方がいい?」井上邦夫は心配そうに尋ねた。
藤原美月は横を向いて彼を見た。「お酒で酔ったことある?」
井上邦夫は頷いた。「もちろん」彼が酔った回数は数え切れないほどで、幼い頃から始まっていた。三人の悪友がいたからだ。
藤原美月は笑った。「誰が酔っ払って病院に行くのよ!」
井上邦夫は少し照れくさそうに「女の子は繊細だからね。僕たちみたいじゃない。母が言うには、僕たちはロバみたいなものだって」
「お母さんは女の子が好きなの?」藤原美月は頭をシートに預けた。高級車は確かに快適だ。
「うん、娘がいないからね」と井上邦夫は答えた。
藤原美月は笑った。「いいわね」
彼女は静かに目を閉じた。
井上邦夫はすぐに言った。「少し寝ていていいよ。家に着いたら起こすから!」
藤原美月は拳で額を押さえ、軽く叩きながら、小さくため息をついた。
井上邦夫は興味深そうに尋ねた。「接待だったの?何か頼みごとがあったの?」
藤原美月は目を閉じたまま笑って答えた。「そうよ。私みたいな一般人は生きていくためにやらなきゃいけないの。新しく撮った映画が、なぜか横取りされちゃって、約束してくれていた上映枠も取り消されちゃった。だから食事に誘って、改めて約束をもらわなきゃいけなかったの。みんな狡猾な老狐で、対応が大変なのよ」
井上邦夫は頷きながら、心に留めた。