和音が部屋を出て階段に向かうと、下にいた母親は彼女の姿を見かけた。
二人の目が合い、母親は悲痛な表情で、何か言いたそうにしたが、言葉を飲み込んだ。
幼い頃から可愛がってきた娘が、今ではこんなことになってしまって…
母親は父親の胸の中で泣き出した。「私が悪かったの。和音を甘やかしすぎてしまって…」
父親はビジネス界で長年君臨し、大小の問題に直面しても眉一つ動かさなかった。それでも、今日の出来事で目が赤くなっていた。
「君だけの責任じゃない。私にも責任があるんだ。まだ間に合う。これから和音をしっかり教育していけば、きっと大丈夫だ」賢治は妻の背中を優しく撫でながら言った。
彼も心が痛んでいた。四人の子供の中で、彼と妻は末っ子の娘を少し贔屓にしていたことを認めていた。それは彼女が一番年下であり、唯一の女の子だったからだ。
しかし、それは他の三人の子供を愛していないということではなく、三男がこのような目に遭ったことが、心を痛め、心配でならなかった。
夫婦は娘を見つめる眼差しに、悲しみ、痛惜、叱責、そして愛情が混ざっていた。
このような眼差しは、和音にとって見慣れないものであった。
前世では、和音の実の両親は彼女の才能を発見した後、研究所と契約を結び、彼女を研究所に預けた。その見返りとして、研究所は毎年両親に多額の報酬を支払っていた。
彼女は実の両親とほとんど過ごすことがなく、数少ない面会の際も、彼らの眼差しはいつも冷たく疎遠で、たとえ安否を気遣う言葉を交わしても、それはまるで暗記した台本のように形式的で、温もりのないものであった。
しかし、この夫婦の眼差しは心に深く刻まれ、不思議と彼女の感情を揺さぶった。
今回の件で、彼らは娘を信じることを選ばなかったかもしれないが、それでも彼らの娘への愛情は本物だった。
治美は突然夫の腕から離れ、階段を駆け上がって娘の側に駆け寄った。
十五歳の和音は、未熟児だったため同年代の子供たちより少し小柄だった。
手のひらサイズの人形のような繊細な顔立ちで、まだ幼さの残る頬には赤ちゃんのような丸みが残っていた。
今、黙って立っている娘の姿を見て、母親の胸は一層痛んだ。
「和音、今回のことは必ず謝らなくてはならないわ。これから私とパパは病院に行って直樹を見舞うけど、あなたも一緒に来て謝罪し、許しを請いなさい。あなたのしたことはあまりにもひどすぎる!もし改心しないなら、私とパパは絶対に許さないわよ!」母親は声を厳しくして、娘を叱りつけた。
こんなに厳しく娘を叱ったことは、今まで一度もなかった。
和音は静かに頷いた。
今この場で故意ではなかったと説明しても、もはや意味がないことを彼女は理解していた。
否定し続ければ、原作の和音のように、自分を最も危険な立場に追い込むだけだと彼女は分かっていた。
夕方になり、治美は家政婦の安田さんに滋養スープと食事を作らせ、保温ポットに入れて娘を連れて病院へ向かった。
佐藤家の邸宅は丘の中腹にあり、この一帯は高級住宅地で、ここに住めるのは大阪市でも屈指の権力者や有力者たちだけだった。
直樹が入院している病院は、家から車で三十分の距離にあり、大阪市でも最も評価の高い私立病院だった。
病室の外に着くと、父親と母親は、支えで吊り上げられた腕と、血の気が失せ、生気のない息子の姿を目にし、胸が締めつけられるように痛んだ。
直樹の顔立ちは兄の正志と五割ほど似ており、どちらも端正な目鼻立ちと、はっきりとした輪郭を持っていた。
ただ、直樹の顔立ちにはまだあどけなさが残っていた。
今、そのあどけなさの残る顔には深い悲しみが滲み、瞳には絶望にも近い影が宿っていた。
まだ十七歳の彼にとって、この出来事はあまりにも衝撃が大きすぎた。
傍らに座る兄は、表情を硬くこわばらせ、黙り込んでいた。
端正な顔にも暗い影が差していた。
「直樹、安田おばさんにあなたの大好きな料理を作ってもらったのよ。少しでも食べてみない?」母親は慎重に近づき、優しく声をかけた。
直樹は顔を横にそむけた。
彼女は息子が辛い思いをしていることを痛感していた。
そのため、ベッドの傍らで慎重に慰め続け、息子の心が開くことを祈った。
「さっき詩織が来ていたよ。食べ物を持ってきて、直樹に少し食べさせていったんだ」傍らにいた正志が母親に話した。