佐藤和音はタイピングをしていた。家にいる時はパソコンを使い、外出時も時間を無駄にしたくないので、指を絶え間なくスマートフォンのキーボードで打ち続け、エディターに次々と文字や記号を入力していた。
佐藤和音はスマートフォンのメールも開いて確認した。送信ボックスには英語のメールが何通もあり、すべて最近数日以内に送信されたものだった。受信ボックスにも返信メールが山積みで、未読メールが一通、今朝届いていた。佐藤和音はさっきまでその返信の処理をしていたところだった。
佐藤和音は自分の仕事に集中していたため、道中で佐藤正志と原詩織がどんな会話を交わしていたのか気付いていなかった。
むしろ前を歩きながら会話をしていた二人の方が、好奇心から時々彼女の様子を気にしていた。
病院に着くと、佐藤正志と原詩織は直接病室に入って佐藤直樹を見舞った。佐藤直樹は二人を見て大変喜んだ。
佐藤和音は廊下で待つように言われた。
佐藤和音は廊下で座る場所を見つけて腰を下ろした。
その時、廊下のベンチには若い男性が横たわっていた。
男性は顔に服を被せており、寝ているように見えた。
「グゥ~」
佐藤和音は男性のお腹が鳴るのを聞き、同時に男性のスマートフォンが何度か振動した。
男性は顔に被せた服を取らず、ポケットのスマートフォンを手探りで取り出し、そのまま電源を切った。
これは男性が全く眠っていなかったことを証明していた。
そして彼のお腹は時々「グゥ」という音を立て続けていた。
佐藤和音は自分のバッグから保温弁当箱を取り出した。
これは佐藤和音が出かける前に作ったもので、本来は病院にいる岡本治美と佐藤直樹に持っていくつもりだった。
しかし外出時に原詩織に会い、原詩織が持っている弁当箱を見て、自分が用意したこの分は必要ないことがわかった。
佐藤和音は弁当箱を持って男性の側に行き、指で軽く男性の腕をつついた。
男性はゆっくりと頭に被せていた服を下ろした。最初に現れたのは男性の一対の目で、切れ長の目は黒目と白目がはっきりとし、瞳は輝いており、目尻は長く鋭かった。
次に高くまっすぐな鼻筋が現れ、鼻梁は通っており、鼻先は丸みを帯び、小鼻は狭かった。
最後に男性の唇と顎が現れ、唇は厚くはないが、ふっくらとして形が整っていた。
男性の容姿は度を超えて整っていた。
しかしそれは佐藤和音が気にするポイントではなかった。
佐藤和音は弁当箱を男性の前に差し出しながら言った。「お腹が空いているのが聞こえましたよ。どうぞ食べてください。今朝作ったばかりで、誰も手を付けていません。」
佐藤和音は特に説明を加えた。これは誰かの食べ残しではないということを。
佐藤和音は自分が作ったこの弁当を捨てるのは無駄だと思い、捨てるくらいなら必要としている人に食べてもらった方がいいと考えた。
菊地秋次は佐藤和音をしばらく見つめ、ようやく一つのことを確信した:彼は若い女の子に「施し」を受けたのだ。
菊地秋次は佐藤和音を2秒ほど観察した。ショーウィンドウに飾られている人形のように繊細な顔立ちをしていた。
続いて菊地秋次の視線は佐藤和音が持っている弁当箱に移った。
ピンク色の弁当箱で、その上にはピンク色のユニコーンの絵柄が描かれていた。
このとき佐藤和音は佐藤直樹の病室のドアが開くのに気付き、誰かが自分を呼びに来たことを悟った。そのため男性が弁当箱を受け取ろうとするのを待たずに、弁当箱を男性の太腿の上に置いた。
そして佐藤和音は振り返って佐藤直樹の病室の入り口へと戻っていった。
菊地秋次は自分の足の上のピンク色の弁当箱をしばらく見つめ、突然意地の悪そうな遊び心のある笑みを浮かべた。