部屋の中で、佐藤和音は机に向かって、宿題をしているようだった。
佐藤和音が顔を上げると、佐藤正志と視線が合った。
ノックの音を聞いて、和音は使用人が温かい牛乳を持ってきたのだと思った。
ノックしたのが佐藤正志だとは予想していなかった。
和音は視線を外し、傍らにあった宿題を取り出して、今書いていたレポートの上に被せた。
正志は和音の前まで歩み寄り、しゃがみ込んで、座っている和音と目線を合わせた。
「和音」
正志が呼びかけた。
和音は振り向いて彼を一瞥したが、本能的に体を後ろに引き、正志との距離を少し広げた。
和音はまだ他人との距離が近すぎるのに慣れていなかった。家族の女性たちはまだましだが、男性とはやはり馴染めなかった。
和音のこの本能的な反応に、正志は思わず眉をひそめた。