部屋の中で、佐藤和音は机に向かって、宿題をしているようだった。
佐藤和音が顔を上げると、佐藤正志と視線が合った。
ノックの音を聞いて、和音は使用人が温かい牛乳を持ってきたのだと思った。
ノックしたのが佐藤正志だとは予想していなかった。
和音は視線を外し、傍らにあった宿題を取り出して、今書いていたレポートの上に被せた。
正志は和音の前まで歩み寄り、しゃがみ込んで、座っている和音と目線を合わせた。
「和音」
正志が呼びかけた。
和音は振り向いて彼を一瞥したが、本能的に体を後ろに引き、正志との距離を少し広げた。
和音はまだ他人との距離が近すぎるのに慣れていなかった。家族の女性たちはまだましだが、男性とはやはり馴染めなかった。
和音のこの本能的な反応に、正志は思わず眉をひそめた。
目の前の妹を見つめると、幼い顔立ちで、目には充血の跡があり、最近よく眠れていないのかもしれなかった。
正志は声を柔らかくして言った:
「プレゼントありがとう。兄さんとても気に入ったよ。兄さんの誕生日を覚えていてくれてありがとう」
事件が起きてから今まで、彼は和音に対して終始厳しい表情を見せ、話し方も会社の社員に対するようなものだった。
和音はただ正志を見つめていた。
「兄さんのことを怒ってるの?兄さんが怒鳴ったから?」
和音は返事をしなかったので、正志は和音が本当に自分のことを怒っているのだと思った。
正志はゆっくりと和音に語りかけた:「和音、兄さんは君が家族を傷つけるような人間だとは信じたくないし、直樹が嘘をついて君を陥れるような人間だとも信じたくない。兄さんや両親にとって一番辛いのは、君たち二人とも私たちの最愛の家族で、どちらかを選ぶことも、どちらかを見捨てることもできないということなんだ」
佐藤家の者は、他人に対しては決して手加減をしたことがなかった。
しかし、家族間の対立となると、佐藤家の者たちは手の打ちようがなかった。
温厚な性格の岡本治美はもちろん、ビジネス界で手腕を振るう佐藤賢治と正志の父子でさえ、家族間の極端な対立を冷静に処理することができなかった。
正志にとって、一人は実の弟で、もう一人は実の妹だった。
彼は和音より13歳年上で、直樹より11歳年上だった。
言わば、彼は二人の成長を見守ってきたのだ。