「防水ガーゼテープを持ってきてもらって」上杉家の救急箱にはそれがなかった。
始めから終わりまで、佐藤和音の反応は冷静そのものだった。
彼女にとって、目の前の菊地秋次は、これまで治療してきた何百何千もの患者と何ら変わりはなかった。
彼の露わな上半身も、ただの普通の体に過ぎなかった。
むしろ菊地秋次という大の男が、耳を二度も赤らめていた。
菊地秋次のボディーガードは佐藤和音の言葉を聞くと、すぐに防水ガーゼテープを買いに行かせた。
佐藤和音は医者が患者に注意するような口調で菊地秋次に言った:「次は気をつけてください」
「はい」菊地秋次は答えた。
「今回の怪我は、しっかり養生してください」
「はい」菊地秋次はきちんと答えた。
傍で聞いていた上杉望は、感動で涙が出そうになった。
南無阿弥陀仏、神様ありがとう、秋次おじいさんがこんなに素直に従ってくれるなんて感動的!
上杉望は少し気になって佐藤和音に質問した:「和音様、さっき秋次おじいさんの背中を拭いた時、怖くなかったんですか?」
上杉望は和音様が普段人との接触を嫌がることを覚えていた。
「患者さんなら、大丈夫です」
佐藤和音は「人」と「人」との付き合いは苦手だが、医者と患者との関係は十分慣れていた。
患者に対して、佐藤和音は医者という役割を演じ、患者のためになることをすればよかった。
このとき彼女は相手を感情や思考を持つ「人」として扱う必要はなく、自分の持つ知識に従って助けるだけでよかった。
そうすれば目の前の相手が男であれ女であれ、心臓が動いていようがいまいが、服を着ていようがいまいが、怖がったり嫌がったりすることはなかった。
佐藤和音の答えを聞いて、上杉望は思わず笑いそうになった。なるほど、秋次おじいさんが病人だから嫌がらなかったというわけか!
笑い声を出そうとした瞬間、菊地秋次の冷たい視線に気づいて、すぐに止めた。
上杉望は心の中で呟いた:秋次おじいさんどうしたんだろう?表情がこんなに悪いなんて?
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佐藤和音と佐藤直樹の喧嘩動画が出回ってから、佐藤和音の学校での立場は大きく変わった。
以前はクラスで、佐藤和音に進んで話しかける人は、隣席の大井心と学習委員の山崎彩花以外にほとんどいなかった。