第272章 佐藤一輝の帰国

車から薄い色のチェック柄のコートを着た、背の高い、端正で穏やかな顔立ちの男が降りてきた。

佐藤一輝だった。

佐藤正志と佐藤一輝は顔立ちにそれほど似ているところはなく、正志は冷たい印象で、一輝は穏やかな印象だった。

兄弟が顔を合わせ、目が合った瞬間、言葉を失った。

兄弟の間では時として言葉は必要ない。

佐藤正志と佐藤一輝はリビングに座った。

佐藤正志は最近起こった出来事を佐藤一輝に話した。

佐藤一輝は話を聞き終えると、長い間口を開かなかったが、目は真っ赤になっていた。

「一輝」佐藤正志は佐藤一輝が長い間口を開かないのを待ちきれず、声をかけた。

言いたいことがあるなら直接言えばいい。

佐藤正志は佐藤一輝が怒るだろうことを知っていた。妹の面倒を見切れなかったことに、妹に辛い思いをさせてしまったことに。

「少し一人にさせてくれ」佐藤一輝の声は抑制が効いていた。

佐藤正志には分かった。彼が怒りを抑えているということが。

このタイミングで話を続ければ、兄弟で大喧嘩になりかねない。

佐藤正志は佐藤一輝を一人にさせ、落ち着いてから今後のことを話し合うことにした……

佐藤一輝は一人で二階の書斎に向かった。そこは随分前から実験室に改造されていた。

佐藤一輝の脳裏には妹と一緒に実験室で過ごした日々の思い出が浮かんできた。

昔の小さな女の子の姿が、はっきりと目の前に現れた:

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、わたし綿あめが食べたい。ママがダメって言うの。買ってくれない?チューしてあげるから、買って!」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、前歯が抜けちゃった。うぅ、わたし醜くなっちゃった」

「お兄ちゃん、兄ちゃんがお尻叩いたの!もう嫌い!絶交する!」

「お兄ちゃん、三郎お兄ちゃんが今日泣いちゃったの。すっごく恥ずかしかったけど、お兄ちゃんがくれたクマのキャンディーあげたら泣き止んだよ」

あの頃の妹はまだ小さな子供だった。

その後、少し大きくなって学校に通い始めた。

週末になると、彼女は彼と一緒に実験室で過ごし、彼が実験をするのを見つめては、目を疑問で輝かせていた。

不思議な実験反応を見ると、喜びに満ちた表情で飛び跳ねていた。

その年、彼らは自国では育たないと言われていた熱帯の花を植えた。

育っただけでなく、花も咲いた。