「痛みがあってこそ、夢かどうかわかるんだ」
「夢じゃないよ。わかってる。つねる必要もない」佐藤和音は確信に満ちた口調で佐藤隼人に告げた。
個室では、金山若夫人と松井間弓が驚いた様子で入ってきた二人の子供を見つめていた。
約束していたのは「藤原さん」のはずなのに?
どうして入ってきたのは中学生二人なの?
金山若夫人は優しい表情で二人に尋ねた。「お二人は部屋を間違えていませんか?」
佐藤和音は首を振った。「あなたと連絡を取っていたのは、私です」
金山若夫人は驚いた様子で尋ねた。「藤原さんとはどういうご関係なの?」
「藤原さんなんていません。私です」佐藤和音は断言した。
この答えは意外ではあったが、不可能というわけではなかった。ネットを通じてのやり取りだったため、金山若夫人は蘭を売る人が実際にどんな人物なのか知らなかったのだ。
佐藤隼人はこの時になってようやく状況を理解し始めていた。金山若夫人と佐藤和音の会話から、おぼろげながら事情が見えてきたのだ。
佐藤隼人は佐藤和音の方を向いて尋ねた。「和音ちゃん、これはどういうこと?」
「彼女たちが蘭の鉢を気に入ったから、持ってきたの」佐藤和音は答えた。
佐藤和音のこの答えに、佐藤隼人は首をかしげた。
蘭を贈る?妹はいつから蘭を贈るようになったんだ?
それに、蘭を贈るのにどうしてこんなに都合よく松井間弓さんに会えるんだ?
佐藤和音が話し終えた時、ノックの音がして、ドアの外から一人の男性が厳重に包装された箱を抱えて入ってきた。
「佐藤さん、ご指定の品をお持ちしました」
「床に置いて、開けて」佐藤和音は男性に指示した。
この人は菊地秋次のボディーガードで、今日は佐藤和音に荷物を運ぶのを手伝うために貸し出されていた。
本来、佐藤和音は菊地秋次のボディーガードを借りるつもりはなかったのだが、出かける時にちょうど会ってしまい、菊地秋次は彼女が何をするのか、何を運ぶのかも聞かずに、ボディーガードの一人を手伝わせることにしたのだ。
佐藤和音は佐藤隼人を待つ必要があったため、ボディーガードに住所を教え、午後一時にこのレストランの指定された個室に荷物を持ってくるように指示していた。
箱が開けられると、そこには金山若夫人が気に入っていたあの蘭が姿を現した。