無料の食券、使わない手はないわ

馬場絵里菜が遠慮するはずもなかった。もし本当に遠慮するような性格なら、そもそも林駆に1ヶ月分の昼食をおごらせるなんて要求はしないだろう。

ほとんど考える間もなく、絵里菜は配膳カウンターのおばさんに向かって、はきはきと言った。「すみません、肉じゃがと、大きな肉団子の甘酢あんかけを一つ、それからジャガイモの千切り炒めとトマトと卵の炒め物をお願いします」

肉じゃがと大きな肉団子の甘酢あんかけは、この食堂の定食メニューの中では最も値段が高い肉料理だった。握り拳ほどもある大きな肉団子は1つ500円もする。絵里菜は今まで、もったいなくて一度も食べたことがなかった。数年経っても、高校時代のあの肉団子は一体どんな味がしたのだろう、と気になっていたほどだ。

今、目の前にはお代を払ってくれる「カモ」がいる。絵里菜が前世での心残りを晴らし、この大きな肉団子の味を確かめようとするのは、ごく自然なことだった。

林駆は特に何も言わず、気前よく代金を支払った。

絵里菜はトレーを受け取ると、さっさとその場を離れた。明らかに、林駆と一緒に昼食をとるつもりはないようだった。

「絵里菜、こっち!」

高橋桃が早々に席を確保しており、遠くから絵里菜に向かって手を振っていた。

絵里菜のトレーに乗った大きな肉団子を見て、桃は思わず目を丸くした。「うわっ、絵里菜!あんた、ついにそれを買う気になったのね!」

絵里菜は口元に微かな笑みを浮かべると、箸で肉団子を二つに割り、その半分を桃の皿に取り分けた。「一人じゃこんな大きいの食べきれないから。二人で半分こしましょ」

桃は自分の皿に乗った半分の肉団子と、平然とした顔の絵里菜を見比べて、驚いたように言った。「ねえ、絵里菜、あんた何かあったの?いつもは一ヶ月で2万も3万円も節約してるのに、肉団子一つ買うのさえもったいながってたじゃない!」

その言葉に、絵里菜は思わず笑みがこぼれた。さすがは一緒に育った親友だ。自分のことを一番よくわかっているのは、やはり桃だった。

こくりと頷き、絵里菜は言った。「これは私が買ったんじゃないの。林駆がお金を出してくれたのよ」

「ええっ!?」桃は驚いて大げさに口をあんぐりと開けたが、すぐに周囲の目を気にして慌てて声を潜め、身を乗り出して絵里菜に尋ねた。「ほんとに?あんたたち、まさか本当に…」

「違うってば!」絵里菜は肉じゃがを一口食べ、桃の言葉をきっぱりと否定した。そして説明を続ける。「例のラブレターの件よ。今朝、林駆が謝りに来たから、1ヶ月分の昼ごはんをおごってもらうことにしたの。『好きなものを食べろ、俺がおごる』って言ってたわ。明日、何か食べたいものある?代わりに頼んであげるけど」

「うっそ、マジで!?絵里菜、あんた度胸ありすぎだよ!林駆に1ヶ月も昼ごはんおごらせるなんて!もし彼の取り巻きのファンに知られたら、生きたまま皮剥がれちゃうよ!」桃の口調は大げさだったが、その言葉の端々には絵里菜を心配する気持ちが滲んでいた。なにしろ、池の事件だって元はと言えば林駆が原因なのだ。

しかし、今の絵里菜は、高橋桃の心配に対して特に反応を示すこともなく、逆にくすりと軽く笑い、まったく意に介さない様子で言った。「水深3メートルの池にだって飛び込んだんだから、今更あの子たちが怖いわけないでしょ?ケンカ売ってくるなら、いつでもどうぞって感じよ。どうせ貧乏で失うものなんて何もないんだから。そうな人間は何するかわからないよ」

前の人生の高校三年間、自分は誰とも争わず、何事にも細心の注意を払って生きてきた。それでも、誰かから尊重されることなどなかった。それどころか、人に見下され、自分のプライドなど無いもののように扱われたのだ。

今、こうしてもう一度人生をやり直しているというのに、まさか前世と同じ生き方を繰り返すつもりなどあるだろうか?

絶対にありえない!この人生の馬場絵里菜は、二度と他人から臆病者だとか影が薄いなどと思われるような存在にはならない。もし自分や、自分の愛する人たちをいじめようとする者がいれば、必ず十倍返してやる。

「じゃあ、私、スペアリブがいいな」桃がへへっと笑って言った。

絵里菜は眉を上げて頷いた。「問題ないわ。こんな大きな無料食事券があるんだもの。使わなきゃ損でしょ」