一方、林駆は食事をしながらも、その視線はつい絵里菜の方へと向かってしまうのを止められなかった。
同じテーブルには三人の仲間がいた。一人は痩せて背が高く、色白の男子で、眼鏡をかけており、とても物静かな雰囲気だ。名前は高遠晴(たかと はる)
一人は日に焼けた肌で、きっちりとした角刈りにしており、がっしりとした体格をしている。名前は藤井空。
そしてもう一人は女子で、顎のラインで切りそろえたショートボブがよく似合う、際立って可愛らしい顔立ちをしている。名前は夏目沙耶香(なつめ さやか)。藤井空の彼女だ。
三人は林駆と同じクラスで、学校ではほとんどいつも一緒にいる仲間であり、それぞれ学校内では名の知れた存在だった。
林駆の注意が遠くの絵里菜に向けられていることに、三人は気づいていた。思わず顔を見合わせる。
藤井空が箸で林駆のトレーをこつんと叩いた。「おいおい…どういう状況だよ?まさか本気であの地味な子に惚れたわけじゃないだろうな!」
林駆ははっと我に返り、三人を見て首を振った。「いや、そういうわけじゃない。ただ、なんかあいつ、前と違う気がしてさ」
「はっ、池に落ちた時に頭でも打ったんじゃねえの」藤井空は鼻で笑った。「それでまんまとお前に1ヶ月も昼飯おごらせるなんて、よくもまあそんなこと言えたもんだぜ!」
「でも、事の発端は俺にあるんだ。ちゃんと謝罪くらいしないとまずいだろ?」林駆は眉をひそめ、低い声で言った。
高遠晴はそれを見て、鼻の上の眼鏡をくいっと押し上げながら口を開いた。「まあ、そう言うのは間違いじゃないけどさ。でも、池に落としたのは鈴木由美なんだろ?補償するにしても、それは鈴木由美がすべきことじゃないか。君が昼飯代の数万円を惜しむわけじゃないのはわかるけど、なんだか彼女にたかられてるような気がするな」
「ちょっと、いい加減にしなさいよ男子たち!」隣で聞いていた夏目沙耶香が我慢できなくなったように、箸を置いて不機嫌そうに言った。「そもそも、あんたたちがふざけて賭けなんてしたから、彼女は池に突き落とされる羽目になったんでしょ?なのに今更、自分たちは関係ないって顔するわけ?言っとくけど、馬場さん、今回は何ともなかったから良かったものの、もし本当に溺れて死んだりしたら、あんたたちにだって連帯責任があったんだからね!それに、私ずっと馬場さんのこと、逆らわないおとなしい子だと思ってたけど、今日、林駆にちゃんと補償を求めることができたって聞いて、ちょっと見直しちゃったわ」
そう言うと、夏目沙耶香は林駆に向き直って言った。「林さんも自分が損したなんて思わないことね。これはあんたたちが悪かったんだから。そのご飯は、あんたがおごるべきよ」
「ちぇっ、なんだよ、どっちの味方なんだよ。なんで他のやつの肩持つんだよ!」藤井空が目を剥いて夏目沙耶香に言った。
夏目沙耶香は再び箸を取り、食事を続けながら、平然な口調で応えた。「私は正しい方の味方をするだけ。親しいからって贔屓はしないの。馬場さんは大人しいかもしれないけど、だからってあんたたちが弱い者いじめしていい理由にはならないでしょ」
藤井空がさらに何か言い返そうとしたが、林駆がそれを遮った。「沙耶香の言う通りだ。俺もずっと彼女に悪いと思ってたんだ。何か物質的な補償をすることで、少しは気が楽になる。今回の冗談は俺たちがやりすぎた。元々、俺たちが悪かったんだ」
「はいはい、わかったよ。お前らはまあ、お互い様ってことでしょ。俺たちはもう口出ししないさ。どうせお前にとっちゃ、はした金なんだろ」藤井空は肩をすくめ、椅子の背にもたれかかり、どうでもよさそうな態度をとった。
昼食を終えると、絵里菜はすぐに教室へ戻った。席に着いた途端、前の席の女子生徒がすぐにくるりと振り返り、ゴシップ好き丸出しの顔で絵里菜に小声で尋ねてきた。「ねえ、馬場さん。本当に林さんと付き合ってるの?」
その女子生徒の名前は中山杏(なかやま あん)。普段、絵里菜とは特に何の接点もなかった。今こうして話しかけてくるのは、きっと、心の中で燃え盛るゴシップへの好奇心を抑えきれなかったからだろう。
絵里菜は午後の授業で使う教科書を整理しながら、落ち着いた声で答えた。「別に」