謝罪には誠意が必要

林駆は、以前と少しも変わっていなかった。ただ、今の馬場絵里菜が彼に向ける眼差しには、かつてのような淡い恋心のかけらもなかった。

「何の用?」

先に口を開いたのは絵里菜だった。その声にはほとんど起伏がなく、まるでラブレター騒動の影響など微塵も感じていないかのようだった。

林駆はわずかに眉をひそめた。その表情は彼を少し大人びて見せる。絵里菜の様子をうかがうように一瞥してから、口を開いた。「さっき見たよ。また鈴木由美に絡まれてたんだろ?」

う、と軽く息をつき、林駆は続けた。「最初はこんな大事になるとは思わなかったんだ。君が池に突き落とされたって話も聞いた。…全部、俺のせいだ。俺のせいで、君がこんな風にいじめられるなんて」

「わかってるなら、もう近づかないでくれない?嫉妬深い誰かさんに見られて、また面倒を増やされるのはごめんだから」絵里菜は淡々とした口調で言った。その言葉が本気で怒っているのかどうか、林駆には判別がつかなかった。

ただ、今の絵里菜の反応は、林駆にとって少々意外なものだった。以前の絵里菜は、自分と目を合わせることすらできず、ましてやこんな風に普通に話すことなどなかった。学校で会うたびに、こっそりとこちらを盗み見ては、さっと視線を逸らして逃げるように去っていくのが常だったのに。

それが、今の話し方や態度は、まるで別人のようだ。林駆は驚きと、どこか見慣れないものに対するような奇妙な感覚を覚えていた。

はっと我に返り、林駆は静かに頷いた。「わかってる。ただ、君に謝りたかったんだ。俺が藤井空たちとふざけて賭けをして、君をからかったりしなければ、君が池に突き落とされることもなかったはずだ」

「それで、賭けには勝ったの?」

絵里菜は不意に話題を変え、林駆に問いかけた。

林駆は一瞬、虚を突かれたように固まった。ややあって、状況を理解したのか、呆けたように頷く。「あ、ああ…」

絵里菜は急におかしくなった。かつて自分が林駆に抱いていた淡い想いと、今のこの状況を比べると、あまりにも滑稽に思えたのだ。

絵里菜はつまらなそうに唇を少し尖らせてから、言った。「じゃあ、こうしましょう。謝罪するチャンスをあげる。ほら、賭けに勝ったんでしょ?その成功には、私の貢献も半分くらいあったはずよね。おまけに、そのせいで君の熱烈なファンに報復までされた。これは骨折り損のくたびれ儲けってやつよ。手柄と苦労を合わせて考えれば、1ヶ月間、食堂の昼ごはんをおごるべきだと思うわ」

「はあ?」林駆は、絵里菜の飛躍した思考についていけないようで、きょとんとした顔で彼女を見つめた。

さっき、面倒に巻き込まれたくないから離れてくれって言ったばかりじゃなかったか…?

「さっき、俺に離れてろって言わなかったか…?」林駆は眉をひそめて尋ねた。

絵里菜はぱちりと瞬きをした。「気が変わったの。池に飛び込んだのはタダじゃないでしょ。からかわれた上に、病気までするなんて割に合わないわ!それに、君は謝りに来たんでしょ?まさか口先だけで済ませるつもり?やっぱり何か行動で示してもらわないと。誠意ってやつを見せてほしいのよ!」

林駆には、絵里菜がなぜ突然こんな要求をしてくるのか理解できなかった。だが、彼女の言うことにも一理あるような気がする。自分は結局、男なのだ。それくらいの責任は取るべきだろう。

頷きながら、林駆は言った。「わかった。1ヶ月の昼飯くらい、どうってことないさ。好きなものを食べろよ。俺がおごる!」

絵里菜はようやく満足そうに林駆を一瞥した。「じゃあ、決まりね。他に用がないなら、もう行っていいわよ。もうすぐ授業が始まるから」

そう言い捨てると、絵里菜はくるりと背を向け、林駆に背中だけを残して教室へと入っていった。

林駆は廊下に立ち尽くし、3組の教室の入口をしばらく呆然と見つめていたが、やがてゆっくりと息を吐き出し、その場を去った。

実のところ、馬場絵里菜が鈴木由美に池へ突き落とされたと知ってから、林駆はずっと罪悪感を抱いていたのだ。絵里菜が無事だったから良かったものの、もし本当に何かあったら、元をただせば自分のせいだ。

今、絵里菜が補償を要求してきたということは、彼女が自分を許してくれたということでもあるだろう。それで、林駆はようやく胸のつかえが取れたような気がした。