そのとき、廊下の反対側から一人の男が急ぎ足で近づいてきた。
その男はスーツを着こなし、中年に差し掛かり、髪はムースで整然と整えられていた。その身なりだけを見ても、仕事で成功を収めていることが窺えた。
馬場絵里菜は一目見ただけで、目の前の男が鈴木由美の父親だと分かった。会ったことはなかったが、鈴木由美は父親にそっくりで、特にあの大きな目が似ていた。
案の定、鈴木先生はその男を見るなり立ち上がって迎えに行き、近づく前に途中で引き止めて脇へ連れて行った。
鈴木先生は鈴木由美の父親に状況を簡単に説明した。その男は眉間にしわを寄せ、最後に頷いてから馬場絵里菜の前に歩み寄った。
礼儀正しく、馬場絵里菜の家族も全員立ち上がった。その男は口を開く前に深々と頭を下げた。「私は鈴木由美の父親です。まず、娘が起こした事について謝罪させていただきます。子の教育を怠った親の過ちです。私が親として子供をきちんと教育できていませんでした。」
馬場絵里菜は平静な表情で、娘のために腰を折る目の前の男を見つめた。彼が心から謝罪していることは明らかだった。
「鈴木おじさん、事の経緯はご存知だと思います。謝罪は受け入れますが、鈴木由美が私に与えた被害は謝罪だけでは済まされません。」
話の分かる相手がいれば物事は進めやすい。馬場絵里菜は最初から鈴木由美を少年院に入れるつもりはなく、相手が賠償を申し出てくるのを待っていたのだ。
「もちろんです。」鈴木強は頷きながら馬場絵里菜に言った。「おじさんは経済的な補償をする用意があります。ただ、由美はまだ若く、私にはこの一人娘しかいません。彼女にもう一度チャンスを与えていただけないでしょうか。」
そう言って、鈴木強は馬場絵里菜の隣にいる細田登美子に視線を向け、再び口を開いた。「馬場さんのお母様ですよね。私の考えでは…」
鈴木強は言葉を途中で止め、細田登美子を見る目が一瞬止まり、すぐに驚きの色が浮かんだ。
「あなたは…登美子さん?」
馬場絵里菜は母親がその言葉を聞いた瞬間、体が硬くなったのを明確に感じ、思わず母親を不思議そうに見つめた。
二人は知り合いなのだろうか?
細田登美子は鈴木強をじっと見つめたが、目の前の人物を思い出せなかった。しかし「登美子」というその呼び方は、もう何年も聞いていなかった。