第36章:正気の沙汰ではない

「チン!」

エレベーターのドアが開くと、井上裕人は馬場絵里菜に話す機会を与えず、すぐにエレベーターに乗り込んだ。絵里菜がエレベーターのドアを掴んで議論しようとした時、後ろから追いかけてきた細田登美子に引き止められた。

エレベーターのドアがゆっくりと閉まる中、絵里菜は中にいる人を不満げに睨みつけた。しかし井上裕人は怒る様子もなく、むしろ挑発的な笑みを浮かべて絵里菜を見つめ返した。

「絵里菜、もういいわ。井上さんには私たちは逆らえないの……」細田登美子はため息をつきながら、静かに絵里菜に言った。

彼女たち母子家庭が井上裕人に逆らえないのはもちろん、この東京で誰が彼に逆らう勇気があるというのだろうか?

馬場絵里菜は閉じたエレベーターのドアを見つめながら、心の中で怒りが込み上げてきた。彼女が生まれ変わって最初にやりたかったことは母をここから連れ出すことだったのに、すべてが自分の思い通りに進んでいたはずが、突然この予想外の人物が現れた。しかも相手は彼女たちには手が出せない、身分も地位も及ばない井上財閥の唯一の後継者、井上裕人だった!