第35章:この人はバカなんじゃないの?

霞さんは説明しようとしたが、細田登美子が先に口を開いた。「井上さん、私はクラブで十二年間働いてきました。もう年も取りましたし、この仕事には向かなくなってきました。それに、クラブでは毎日たくさんのお酒を飲まなければならず、家族も私の健康を心配しています。辞めるのは子供たちを心配させないためです。」

細田登美子の言った二つの理由は、とても筋が通っていた。少なくとも周りの人から見れば、細田登美子はまだ魅力的ではあったが、クラブには若い女の子たちばかりで、比べると確かに年齢が高かった。

「十二年?」

しかし、井上裕人という人物の考え方は他人とは全く違っていた。細田登美子の話の中で、井上裕人の耳に入ったのは「十二年」という言葉だった。彼は少し驚いた表情で目を瞬かせながら言った。「そうか、十二年前か。私はまだ子供だったな。十二年もここで働いているのか?国営企業なら家を二軒もらえるぐらいだぞ!」

皆が井上裕人を見つめ、彼が何をしようとしているのか分からない中、彼は突然長い脚を踏み出し、二歩で細田登美子の前に立ち、頭を掻きながら考えた。「こうしよう。辞めないでくれ。向井和豊は追い出したから、総支配人は君がやってくれ!」

まさに驚きの一言で、その言葉に皆は呆然と立ち尽くし、目と口を丸くして開いていた。

井上さんはお金持ちで気まぐれだと言われていたが、今の場面は百聞は一見にしかずだった!

細田登美子も呆然としており、馬場絵里菜も呆気にとられていた。目の前の男を見て、馬場絵里菜は疑問に思った:この人、もしかして馬鹿なんじゃないか?

パラダイスクラブの総支配人?

「い、いえ...井上さん...私は...」細田登美子は我に返り、慌てて手を振って断った。今日は辞職しに来たのに、どうして総支配人になることになったのか。

しかし、井上裕人が一度言い出したことは撤回されることはなかった。彼は断固とした口調で言った。「決まりだ。十二年もここで働いているんだから、クラブのことは自分の家よりも詳しいはずだ。業務のことは、細田春生のアシスタントたちを全員つけるから、徐々に慣れていけばいい。給与待遇は向井和豊と同じにする。」

言い終わると、細田登美子に話す機会も与えず、井上裕人は皆に向かって告げた。「これからは彼女が新しい総支配人だ。」