「命を救ってくれたのに、豊田の感謝だけを受け入れて、この老人の感謝は受け入れないとは?」井上はふくれっ面をして、馬場絵里菜のやり方に不満そうな様子を見せた。
馬場絵里菜が説明しようとした矢先、販売センターの玄関から慌ただしい人影が急いで入ってきた。
「お爺さん!」
井上裕人は足早に歩き、足取りは焦りに満ちていた。その端正な顔には緊張の色が浮かんでいた。
井上は来訪者を見て一瞬驚き、その後、隣にいるスーツ姿の男を責めるような目で見た。明らかに誰が孫に連絡したのかを知っていた。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
井上裕人はいつもの放蕩息子のような態度を改め、珍しく真剣な表情で、お爺さんの体を上から下まで観察し、無事を確認しているようだった。
「大丈夫だよ、大丈夫。大げさに騒ぐことはない」井上は手を振りながら言った。
馬場絵里菜と細田登美子は来訪者を見て驚いた。これは井上財閥の井上さんではないか?そしてこの老人が井上と呼ばれているということは、井上裕人のお爺さんだったのだ!
豊田剛はこの時、笑顔を作って前に出た。「井上さん、私が井上様のおもてなしが不十分でした。幸いこの若い女性のおかげで、事故にはなりませんでした」
井上裕人はそれを聞いて顔を上げ、一目で馬場絵里菜を見つけ、次に細田登美子を見た。その深い桃色の瞳に一瞬の驚きが走り、その後、唇の端を上げて、かすかな笑みを浮かべた。「ああ、あなたたちですか!」
わずか数十秒で、先ほどまでお爺さんを心配して焦っていた男は姿を消し、今や目の前にいる井上裕人は、再びあの傲慢な井上さんに戻っていた。その切り替えの早さは目を見張るものがあった。
「裕人、彼女たちを知っているのか?」井上は眉をひそめ、信じられないという表情を浮かべた。
井上裕人は軽く笑い、頷いた。「お爺さん、今朝お話しした昨夜パラダイスで起きた出来事を覚えていますか?この方が、パラダイスの新しい総支配人で、名前は...」
そう言いながら、井上裕人は眉をひそめて考え込み、つぶやいた。「確か...何て名前だったかな?」
「井上さん、私は細田登美子と申します!」細田登美子は当然井上さんの言葉を聞いていて、すぐに答えた。
「ああ、そうだ。パラダイスの皆は彼女のことを登美子と呼んでいる。十数年も働いているんだ」と井上裕人は言った。