馬場絵里菜は落ち着いた表情で馬場輝を見つめていた。しかし、その様子が逆に馬場輝の不安を煽り、思わず声をかけた。「絵里菜...」
傍らに立っていた古谷始は、目の前の少女の様子を見て眉をひそめた。普通なら馬場輝に抱きついて泣き出しているはずなのに、なぜこんなに冷静でいられるのだろうか。
「大丈夫か?」古谷始は不安を感じていた。絵里菜の反応があまりにも異常だったからだ。
馬場絵里菜はそれを聞いて、軽く首を振り、馬場輝から古谷始に視線を移して、静かに言った。「お兄ちゃんが無事で良かった。古谷さん、ありがとうございました」
馬場絵里菜は一見問題なさそうに見えたが、古谷始は何か違和感を覚えていた。しかし、それが何なのかはっきりとは分からなかった。
表面上は軽く微笑んで「気にするな」と返すしかなかった。
馬場絵里菜は軽くため息をつき、再び馬場輝を見て「お兄ちゃん、帰りましょう」と言った。
自然な口調で、本当に何でもないかのようだった。
馬場輝は事ここに至っては、もう逃げても仕方ないと悟った。最初は怪我が治るまで一時的に身を隠すつもりだったのに、妹がスターライトバーに行き、古谷始を巻き込んで東京中を探し回って自分を見つけ出すことになってしまった。
心配をかけまいとしたのに、かえって多くの人に迷惑をかけてしまった。
「古谷さん、僕たち帰ります。ご迷惑をおかけしました」馬場輝は申し訳なさそうに古谷始に言った。
古谷始は慰めるように馬場輝の肩を叩き、頷いて「送らせよう」と言った。
ここは東京郊外で、タクシーも拾えないため、馬場絵里菜も断らなかった。
二人を別荘から見送る際、古谷始は突然馬場絵里菜に「一言言えば済むことだぞ」と言った。
馬場絵里菜はその言葉に一瞬立ち止まり、振り返って古谷始を見た。
最後には穏やかに微笑んで「いいえ、結構です」と答えた。
古谷始の言葉の意味を理解していた。一言言えば、お兄ちゃんを傷つけた者の処理を引き受けてくれるということだ。
元々古谷始が暴力団関係者なのではないかと疑っていたが、今この豪華な屋敷と、至る所に設置された監視カメラや黒服の男たちを見て、馬場絵里菜は古谷始の身分が並大抵のものではないことを悟った。