「渡辺先生」
宮原重樹を見かけた馬場輝は急いで立ち上がって挨拶し、少し緊張した様子で尋ねた。「検査結果はどうでしたか?母の手術はいつできますか?」
細田登美子も不安げに見つめる中、宮原重樹は無表情で軽く頷いた。「結果に問題はありません。明日手術を行います」
「よかった」馬場輝はほっと安堵の息を吐き、細田登美子に向かって安心したような笑顔を見せた。
細田登美子も心を落ち着かせ、宮原重樹を見て言った。「渡辺先生、この数日間ご苦労様でした」
病院内の噂は広まりやすく、細田登美子は聞きたくなくても耳に入ってきた。渡辺先生は彼女以外の患者の診察を一切受け付けていないという。理由は分からないが、細田登美子は心の底から宮原重樹に感謝していた。
「どういたしまして」宮原重樹は相変わらず表情を変えず、社交辞令さえも距離を感じさせた。
「今から絶食です。水もなるべく控えめにしてください...」宮原重樹は術前24時間の注意事項を説明し始め、馬場輝は真剣に聞き、一つ一つ心に留めていった。
「他に何か質問があれば、診察室まで来てください」いつものように、この最後の一言を残して、宮原重樹は立ち去った。
「渡辺先生は少し愛想がないけど、母の病気に関してはとても熱心だね」馬場輝はベッドの横に座り、つぶやいた。
細田登美子は軽く微笑んで言った。「渡辺先生はお若いのに専門医になられたのだから、本当の実力をお持ちなのでしょう」
馬場輝は宮原重樹についてこれ以上言及せず、話題を変えて細田登美子に向かって言った。「明日は週末だから、僕と絵里菜で付き添うから、心配しないで」
細田登美子は笑みを浮かべて頷き、不安な様子は全く見せなかった。
そのとき、病室のドアがノックされ、細田登美子は驚いた。馬場輝は妹が来たのかと思い、振り返った。
ドアが開くと、そこに現れたのは50代の老紳士だった。
老紳士は黒い中山服を着て、半白の髪は整然と梳かれ、背筋はピンと伸びていた。細田登美子を見ると、顔に笑みが浮かび、目は輝きを放ち、一般的な老人の濁りは全く見られなかった。
細田登美子は一目で老紳士を認識し、驚いてベッドから起き上がり、意外そうな声で言った。「井上さん?」
来訪者は他でもない、井上財閥の現総裁、井上明その人だった!